05-16 梁甫行
05-16 梁甫行 梁甫行
【解題】
都から遠く離れた海浜に住む民の困窮を詠ずる歌。楽府題にいう「梁甫」は、泰山(山東省)の麓にある小山で、梁父とも表記する。『史記』巻六・秦始皇本紀に「禅梁父(梁父に禅す)」、裴駰『集解』に引く瓉(傅瓚)の注に「古者聖王封泰山、禅亭亭或梁父。皆泰山下小山(古は聖王 泰山に封ずるに、亭亭或いは梁父に禅す。皆 泰山の下の小山なり)」と。『藝文類聚』巻四十一は「太山梁甫行」とし、『楽府詩集』巻四十一、『詩紀』十三は「泰山梁甫行」に作る。蜀の諸葛亮が好んで吟じたという「梁甫吟」と同系列の歌謡か。
八方各異気 八方 各(おのおの)気を異にし、
千里殊風雨 千里 風雨 殊なれり。
劇哉辺海民 劇なるかな 辺海の民、
寄身於草墅 身を草墅に寄す。
妻子象禽獣 妻子は禽獣に象(たぐ)へり、
行止依林阻 行止 林阻に依る。
柴門何蕭条 柴門 何ぞ蕭条たる、
狐兎翔我宇 狐兎 我が宇を翔(かけ)る。
【押韻】雨・宇(上声09麌韻)、墅・阻(上声08語韻)。
【通釈】
天下八方はそれぞれ気象を異にし、千里の彼方では風雨の有様もかけ離れている。苦しいことだ、人里離れた海辺の民は、雑草の生い茂る原野に身を寄せて暮らしている。妻や子はまるで禽獣にも等しい様子で、日々の生活は険しい山林にすがっている。雑木でこしらえた門のなんと物悲しいことか、狐や兎が我が家屋を駆け回っている。
【語釈】
○八方 東・西・南・北と、東南・西南・東北・西北。『漢書』巻五十七下・司馬相如伝下に引く「難蜀父老」に「是以六合之内、八方之外、浸淫衍溢(是を以て六合の内、八方の外、浸淫衍溢す)」、その顔師古注に「天地四方謂之六合、四方四維謂之八方也(天地四方 之を六合と謂ひ、四方四維 之を八方と謂ふなり)」と。
○劇 難儀だ。『後漢書』巻八十四・列女伝(曹世叔)に引く「女誡」に「執務私事、不辞劇易(私事を執務するに、劇易を辞せず)」、李賢等注に「劇、猶難也(劇とは、猶ほ難きがごときなり)」と。
○辺海 人間社会を遠く離れた海辺の地域。曹植「辨道論」(09-03)に「豈復欲観神仙於瀛洲、求安期於辺海(豈に復た神仙を瀛洲に観、安期を辺海に求めんと欲する)」と。
○草墅 雑草の生い茂る原野。「墅」は「野」に同じ。
○象 類似している。
○行止 日常の活動をいう。
○依林阻 険しい山林に身を寄せる。用例として、『後漢書』巻八十二下・方術伝(公沙穆)に「居建成山中、依林阻為室、独宿無侶(建成山中に居りて、林阻に依りて室を為し、独り宿して侶無し)」と。
○柴門 雑木で作り成した門。質素な陋屋をいう。
○蕭条 もの寂しいさま。畳韻語。