04-05-3 雑詩 六首(3)

04-05-3 雑詩 六首 其三  雑詩 六首 其の三

【解題】
出征した夫の帰りを待ちわびる妻の心情に仮託して、遠方にいる人への強い思慕を詠ずる。こうした離別の情は、漢代の古詩には頻見する詩想であり、本詩もその特徴的な表現を踏襲している。黄節は、黄初五年(二二四)七月から同七年の洛陽帰還まで、断続的に行われた文帝曹丕による呉への出征と結びつけて解釈している(『曹子建詩註』巻一)。[04-05-1 雑詩 六首(1)]の解題も併せて参照されたい。

西北有織婦  西北に織婦有り、
綺縞何繽紛  綺縞 何ぞ繽紛たる。
明晨秉機杼  明晨より機杼を秉(と)り、
日昃不成文  日の昃(かたむ)くも文を成さず。
太息終長夜  太息して長夜を終へ、
悲嘯入青雲  悲嘯 青雲に入る。
妾身守空閨  妾身は空閨を守り、
良人行従軍  良人は行きて軍に従ふ。
自期三年帰  自ら期すらく 三年にして帰ると、
今已歴九春  今は已に九春を歴たり。
飛鳥繞樹翔  飛鳥は樹を繞りて翔り、
噭噭鳴索群  噭噭として鳴きて群を索(もと)む。
願為南流景  願はくは南流の景と為り、
馳光見我君  光を馳せて我が君に見(まみ)えん。

【通釈】
西北の方に機織りをする女性がいる。精緻に織りなされる絹織物の、なんと入り乱れていることか。夜明けから機織り道具を手に取り、日が傾く頃になっても綾なす文様は織り上がらない。大きなため息をついて長い夜を明かし、悲しげに嘯く声が大空に吸い込まれていく。「私は空っぽの寝室を一人で守り、夫は従軍の旅を続けております。三年すれば帰ると約束したのに、今はもう九つの春が過ぎ去るのを見送りました。鳥が樹木の周りをぐるぐると飛翔しながら、悲痛な鳴き声を上げて仲間を呼んでいます。できることならば南へ流れる日の光となって、光輝を馳せて我が君にお会いしたいものです。」

【語釈】
○西北有織婦 「織婦」は、織女星を指す。天上の北宮にある婺女の北に位置し、星を地上の分野に振り当てれば、婺女は揚州(江蘇省あたり)に相当するという(『史記』巻二十七・天官書)。類似句として、『文選』巻二十九「古詩十九首」其五に「西北有高楼(西北に高楼有り)」、曹丕「雑詩二首」其二にも「西北有浮雲(西北に浮雲有り)」と。
○綺縞 あやぎぬとねりぎぬ。精緻な絹織物。
○繽紛 入り乱れているさま。双声語。
○明晨秉機杼・日昃不成文 「明晨」は、夜明け。「機杼」は、機織りの横糸を通す道具。「日昃」は、日が傾く昼下がり。『書経』無逸に「自朝至于日中昃、不遑暇食、用咸和万民(朝より日の中昃に至るまで、食に遑暇あらず、用て咸く万民に和す)」と。二句は、『毛詩』小雅「大東」にいう「跂彼織女、終日七襄。雖則七襄、不成報章(跂たる彼の織女、終日七襄す。則ち七襄すと雖も、報章を成さず)」、「古詩十九首」其十にいう「繊繊擢素手、札札弄機杼。終日不成章、泣涕零如雨(繊繊として素手を擢き、札札として機杼を弄す。終日 章を成さず、泣涕 零つること雨の如し)」を踏まえる。
○悲嘯入青雲 「嘯」は、口をすぼめて声を出す、あるいは声を長く伸ばして歌うこと。「青雲」は、青く高い空。類似句として、王粲の詩(『藝文類聚』巻九十)に「哀鳴入青雲(哀鳴 青雲に入る)」、[05-04 闘雞]に「長鳴入青雲(長鳴 青雲に入る)」と。
○妾身守空閨 「妾身」は、女性の自称。一句は、「古詩十九首」其二にいう「蕩子行不帰、空牀難独守(蕩子 行きて帰らず、空牀 独り守ること難し)」を想起させる。
○良人 夫をいう。
○九春 三年をいう。一年に、孟春・仲春・季春の三春があることによる。
○飛鳥繞樹翔 類似する発想として、曹操「短歌行」(『文選』巻二十七)に「月明星稀、烏鵲南飛。繞樹三匝、何枝可依(月明らかに星稀にして、烏鵲南に飛ぶ。樹を繞ること三匝り、何れの枝にか依る可き)」と。
○噭噭 仲間を呼ぶ悲痛な鳴き声の擬声語。李善注に引く『楚辞』九歎「惜賢」に「声噭噭以寂寥兮(声噭噭として以て寂寥たり)」と。現行の『楚辞』は、「噭噭」を「嗷嗷」に作る。王逸注に「嗷嗷、呼声也(嗷嗷は、呼ぶ声なり)」と。
○願為南流景 「景」は太陽の光。「願為」云々は、前掲「古詩十九首」其五の末尾「願為双鳴鶴、奮翅起高飛(願はくは双鳴鶴と為りて、翅を奮ひて起ちて高く飛ばん)」をはじめ、漢魏詩には散見する措辞である。