05-09 名都篇
05-09 名都篇 名都篇
【解題】
豪奢な人々の集う名都の賑わいを活写した楽府詩。『文選』巻二十七、『藝文類聚』巻四十二、『楽府詩集』巻六十三所収。『歌録』(『文選』李善注、『楽府詩集』題解所引)に、「名都篇」が「斉瑟行」であることを記す。「白馬篇」(5-08)の解題を併せて参照されたい。
名都多妖女 名都 妖女 多く、
京洛出少年 京洛 少年 出づ。
宝剣直千金 宝剣は 直 千金、
被服光且鮮 被服は 光(かがや)かしく且つ鮮やかなり。
闘鶏東郊道 鶏を闘はす 東郊の道、
走馬長楸間 馬を走らす 長楸の間。
馳馳未能半 馳せ馳せて 未だ半ばなる能はざるに、
双兎過我前 双兎 我が前を過(よぎ)る。
攬弓捷鳴鏑 弓を攬りて鳴鏑を捷(さしはさ)み、
長駆上南山 長駆して南山に上る。
左挽因右発 左に挽(ひ)きて因りて右に発し、
一縦両禽連 一たび縦(はな)てば 両禽 連なる。
餘巧未及展 餘巧 未だ展(の)ぶるに及ばざるに、
仰手接飛鳶 手を仰(あ)げて飛鳶を接(むか)へうつ。
観者咸称善 観る者は咸(みな)善しと称し、
衆工帰我妍 衆工 我が妍に帰す。
我帰宴平楽 我は帰りて平楽に宴し、
美酒斗十千 美酒 斗 十千なり。
膾鯉臇胎鰕 鯉を膾にして胎鰕を臇にし、
寒鼈炙熊蹯 鼈を寒にして熊蹯を炙(あぶりもの)にす。
鳴儔嘯匹侶 儔(とも)に鳴じ 匹侶に嘯(うそぶ)き、
列坐竟長筵 坐を列(つら)ねて長筵に竟(わた)る。
連翩撃鞠壌 連翩として鞠壌を撃ち、
巧捷惟万端 巧捷なること惟れ万端なり。
白日西南馳 白日 西南に馳せて、
光景不可攀 光景 攀(よ)づるべからず。
雲散還城邑 雲のごとく散りて城邑に還(かへ)り、
清晨復来還 清晨に復た来り還る。
【通釈】
名にしおう都には艶やかな女性たちが大勢いて、都洛陽には若い男たちが繰り出してくる。彼らは値千金の宝剣を帯び、身にまとう衣服は、光り輝いて鮮やかだ。東の郊外の路上で鶏を闘わせ、ひさぎの木立が長く続く道に馬を走らせる。走りに走って、まだ半分も行けないうちに、一対のうさぎが私の前を横切った。弓を手に取り、鏑矢を差し挟み、長く疾駆して南山に上る。左に弓を引いて、それで右に矢を放ち、ひとたび矢を放てば、二羽のうさぎが連なって串刺しだ。有り余る技能をすべては示して見せないうちに、手を上方へかざして、飛んでくる鳶を迎え撃つ。観衆は口々に素晴らしいと褒め称え、並みいる騎射の名人たちは我が技術の巧みさに感服する。わたしは帰ってくると平楽観で宴を催し、一斗値千金の美酒を準備した。鯉をなますにし、胎鰕を具だくさんの汁物にし、スッポンは冷製にし、クマの掌はあぶりものにする。声を上げたり、嘯いたりして友人たちを呼び集め、座席を連ねて、長いむしろをいっぱいに満たす。次々と軽やかに蹴鞠や撃壌に打ち興じ、巧みで敏捷な技の、またなんと多彩なことか。だが、白日は西南に馳せてゆき、光陰は手を伸ばして留めることはできない。日が暮れると、宴に集った人々は雲のごとく散って街中へ帰ってゆき、夜が明けると、再び繁華な都に繰り出してくる。
【語釈】
○妖女 艶やかな魅力あふれる女性。
○京洛出少年 「京洛」は、後漢の都、洛陽。類似表現として、王逸「茘支賦」(『文選』巻三十一、袁淑「効曹子建楽府白馬篇」李善注引)に「宛洛少年、邯鄲遊士(宛洛の少年、邯鄲の遊士)」と。
○宝剣直千金 類似表現として、『史記』巻九十七・陸賈伝に「陸生常安車駟馬、従歌舞鼓琴瑟侍者十人、宝剣直百金(陸生は常に安車駟馬、歌舞し琴瑟を鼓する侍者十人を従へ、宝剣は直百金)」と。「千金」の価値がある剣は、たとえば『論衡』率性に「世称利剣有千金之価、棠谿・魚腸之属、竜泉・太阿之輩、其本鋌、山中之恒鉄也、冶工鍜錬、成為銛利(世に称す 利剣に千金の価有り、棠谿・魚腸の属、竜泉・太阿の輩、其の本鋌は、山中の恒鉄なるも、冶工鍜錬し、成りて銛利と為る)」と見える。
○闘鶏 鶏を戦わせて勝敗を競う遊戯。下文の「走馬」とともに、『漢書』巻七十五・眭弘伝に「少時好侠、闘鶏走馬(少き時は侠を好み、鶏を闘はせ馬を走らす)」と見える。
○長楸 高く伸びた梓。梓は、きささげ。ノウゼンカズラ科の落葉高木。『楚辞』九章「哀郢」に「望長楸而太息兮(長楸を望んで太息す)」、王逸注に「長楸、大梓」と。
○馳馳 底本は「馳騁」に作る。今、『文選』に拠って改める。「馳馳」は、古楽府・古詩に頻見する「行行」の意。
○捷 さしはさむ。挿に通ず。漢人はよく「捷」に借りて挿字を表す。段玉裁『説文解字注』十二篇上・手部「挿、刺内也(挿とは、内に刺すなり)」の注を参照。
○鳴鏑 射ると音を発する仕掛けを施した矢。『漢書』巻九十四上・匈奴伝上に「冒頓乃作鳴鏑、習勒其騎射(冒頓乃ち鳴鏑を作りて、其の騎射を習勒せしむ)」と。
○一縦両禽連 「縦」は、矢を発すること。『毛詩』鄭風「大叔于田」に「抑磬控忌、抑縦送忌(抑いは磬し控し、抑いは縦し送す)」、毛伝に「発矢曰縦(矢を発するを縦と曰ふ)」と。「禽」は、鳥獣で未だ孕んでいないもの(『周礼』天官・庖人の鄭玄注)。ここでは、前句に見えたうさぎを指す。
○仰手接飛鳶 「接」は、前方から飛んでくるものを迎え撃つ。「鳶」は、タカ科の鳥。『毛詩』大雅「旱麓」に「鳶飛戻天、魚躍于淵(鳶は飛びて天に戻(いた)り、魚躍于淵)」、鄭箋に「鳶、鴟之類也。鳥之貪悪者也(鳶は、鴟の類なり。鳥の悪を貪る者なり)」と。類似表現として、「白馬篇」(05-08)にも「仰手接飛猱(手を仰げて飛猱を接へうつ)」と。
○観者咸称善 先行する類似表現として、傅毅「舞賦」(『文選』巻十七)に「観者称麗、莫不怡悦(観る者は麗と称し、怡悦せざるは莫し)」と。
○衆工帰我妍 「工」は、巧みな技を持つ者。ここでは騎射の名人をいう。「帰」は、褒め称えて心を寄せる。「妍」は、技が巧みであること。『説文解字』十二篇下、女部に「妍、技也」、段玉裁注に「技者、巧也」と。前の句とあわせて、『抱朴子』外篇・審挙に「親族称其孝友、邦閭帰其信義(親族は其の孝友を称し、邦閭は其の信義に帰す)」との類似表現が見える。
○我帰宴平楽 「平楽」は、楼観の名。前漢の都、長安の上林苑にあった。『漢書』巻六・武帝紀の元封六年夏の条に「京師民観角抵于上林平楽館(京師の民 角抵を上林の平楽館に観る)」、張衡「西京賦」(『文選』巻二)に「大駕幸乎平楽(大駕 平楽に幸す)」、薛綜注に「平楽館、大作楽処也」と。また、後漢の都、洛陽にも設けられた。張衡「東京賦」(『文選』巻三)に「其西則有平楽都場(其の西には則ち平楽の都場あり」、薛綜注に「平楽、観名也。都、謂聚会也」と。なお、「我帰」字、六家注・六臣注『文選』は「帰来」に作る。今は李善注本に従っておく。
○美酒斗十千 「斗」は当時において約二リットル。「十千」は、一万。一斗あたりの値段をいう。
○膾鯉臇胎鰕 「膾鯉」は、鯉を刺身にする。『毛詩』小雅「六月」に、尹吉甫の北伐からの帰還を祝う宴席を詠じて「飲御諸友、炰鱉膾鯉(飲をば諸友に御(すす)め、鱉を炰(あぶ)り鯉を膾にす)」と。「臇」は、汁の少ないあつもの。「胎鰕」の「鰕」はエビ、五臣注の劉良は、「胎鰕」で、腹中に卵を持つエビとする。趙幼文は、「胎」を鮐(フグ)かと推測する(『曹植集校注』人民文学出版社、一九八四年、四八六頁)。
○寒鼈炙熊蹯 「寒」について、李善注は、『塩鉄論』散不足に「煎魚切肝、羊淹鶏寒」、『釈名』釈飲食に「韓羊・韓兔・韓鶏、本法出韓国所為也(韓羊・韓兔・韓鶏、本法は韓国の為す所より出づるなり)」とあるのを挙げ、「寒」は「韓」に通ずとする。他方、曹植「七啓」(08-06)にも「寒芳蓮之巣亀、膾西海之飛鱗(芳蓮の巣亀を寒にし、西海の飛鱗を膾にす)」とあり、李善は「寒、今肉也」と注した上で、前掲の『塩鉄論』『釈名』を同様に引く。別に、朱蘭坡『文選集釈(選学叢書)』(廣文書局、一九六六年)巻十七には、「寒」が冷製スープだと推定されることの詳しい考証がある。なお、底本が「寒」を「炮」に作るのは、前掲『毛詩』小雅「六月」に合致するよう改めたものだろう。「熊蹯」は、クマの掌。『春秋左氏伝』宣公二年に「宰夫胹熊蹯不熟(宰夫は熊蹯を胹(に)て熟せず)」と。
○鳴儔嘯匹侶 「鳴」「嘯」とも、声を上げて呼ぶことか。「匹侶」、李善注本『文選』は「匹旅」に作る。「侶」と「旅」とは音が同じ。類似句として、「洛神賦」(02-03)に「命儔嘯侶(儔に命じ侶に嘯(うそぶ)く」と。
○竟長筵 「竟」は、まるまる行き渡る。「長筵」は、むしろを連ねた長大な宴席。
○連翩 連続して軽やかに行うさま。畳韻語。
○撃鞠壌 「鞠」は、けまり。『漢書』巻五十五・霍去病伝に「其在塞外、卒乏糧、或不能自振、而去病尚穿域躢鞠也(其の塞外に在りて、卒は糧に乏しく、或いは自ら振(あ)ぐる能はざるに、而して去病は尚ほ域を穿ちて鞠を躢(ふ)むなり)」と。「壌」は、「撃壌」という熟語で知られる遊戯。靴状の木片を地面に放り、少し離れたところから別の木片を投げてこれに当てれば勝ちとなる(『太平御覧』巻七五五に引く『藝経』)。「鞠壌」と熟している例が他に見当たらないので、本詩での「撃」は、「鞠」「壌」に打ち興ずることとしておく。
○万端 種々様々なこと。『史記』巻七十七・魏公子列伝に、魏公子(信陵君、諱は無忌)が、異母兄である魏の安釐王に対して「及賓客辯士説王万端(賓客・辯士と王に説くこと万端なり)」との用例が見える。
○光景不可攀 「光景」は、日の光。前句の「白日西南に馳す」を受けていう。「攀」は、手を伸べて押し留める。一句で、時の経過の速さを表現する。
○雲散還城邑 傅毅「舞賦」(『文選』巻十七)に、宴が散会する情景を描写して「駱漠而帰、雲散城邑(駱漠として帰り、雲のごとく城邑に散る)」とあるのを踏まえる。