07-12 上牛表
07-12 上牛表 牛を上(たてまつ)る表
【解題】
牛一頭を献上することを述べた上表文。制作年代は、諸家の説くとおり、文帝曹丕の黄初年間(二二〇―二二六)と見るのが妥当だろう。『藝文類聚』巻九十四所収。
臣聞物以洪珍、細亦或貴。故不見僬僥之微、不知泱漭之泰、不見果下之乗、不別竜馬之大、高下相懸、所以致観也。謹奉牛一頭、不足追遵大小之制、形少有殊、敢不献上。
臣聞くならく 物は洪なるを以て珍とし、細なるものにも亦た或いは貴ぶべきあり、と。故に僬僥の微なるを見ざれば、泱漭の泰なるを知らず、果下の乗を見ざれば、竜馬の大なるを別せず、高下 相懸(へだ)たりて、所以(ゆえ)に観を致すなり。謹んで牛一頭を奉ずるに、大小の制を追遵するに足らざれど、形に少しく殊なる有れば、敢へて献上せざらんや。
【通釈】
わたくしはこう聞いております。物品は大きくて立派なものを珍重し、細かいものにもまた貴重なものがある、と。ですから、僬僥氏の微小さを見なければ、茫漠たる原野の広やかさはわからず、果下の馬を見なければ、竜馬の大いさは見分けることができず、双方の程度がかけ離れているがゆえに、はっきりと識別することができるのです。ここに謹んで牛一頭を奉納いたします。貢ぎ物の大小に関する定めに十分添うことはかないませんが、形状にやや非凡なものがございますので、ぜひ献上いたしたく存じます。
【語釈】
○僬僥 極小の身体を持つ、西南の異民族。『国語』魯語下に「僬僥氏長三尺、短之至也(僬僥氏は長さ三尺、短の至なり)」、韋昭注に「僬僥、西南蛮之別也(僬僥は、西南蛮の別なり)」と。
○泱漭 広大な原野。元来は、広大なさまを表す形容詞だが、「竜馬」という名詞と対を為すことを踏まえ、このように取っておく。司馬相如「上林賦」(『漢書』巻五十七上、『文選』巻八)に「経乎桂林之中、過乎泱漭之壄(桂林の中を経て、泱漭の壄を過る)」、その張揖注に「山海経所謂大荒之野(『山海経』に謂ふ所の「大荒の野」なり)」、如淳注に「大貌也(大いなる貌なり)」と。曹植「七啓」(『文選』巻三十四)にも「経迥漠、出幽墟、入乎泱漭之野(迥漠を経、幽墟を出で、泱漭の野に入る)」と。泱・漭の両字は、声調は異なるが、韻母が同じ陽部に属する。畳韻語といってよいか。
○果下之乗 朝鮮半島に産する小型の馬。『三国志(魏志)』巻三十・東夷伝(濊)に「又出果下馬、漢桓時献之(又果下の馬を出し、漢桓の時之を献ず)」、裴松之注に「果下馬高三尺、乗之可于果樹下行、故謂之果下(果下の馬は高さ三尺、之に乗れば果樹の下を行く可し、故に之を果下と謂ふ)」と。
○竜馬 八尺以上の大型の馬。『周礼』夏官・廋人に「馬八尺以上為竜、……六尺以上為馬(馬の八尺以上は竜と為し、……六尺以上は馬と為す)」と。
○高下相懸 双方の程度に大きな懸隔がある。
○所以致観也 「所以」は、その上下の句が因果関係によって結ばれていることを示す。「致観」は、明瞭に見分けるという状態を極める。
○追遵 定めをさかのぼって確認し、遵守する。あまり多くの用例が見いだせない語。
○大小之制 ものの大小に関する定め。この上表文の冒頭句を受けて、貢ぎ物の大きさに関して言うか。