05-30 門有万里客

05-30 門有万里客  門に万里の客有り

【解題】
遠方からやってきた旅人との出会いを詠じた楽府詩。『藝文類聚』巻二十九、『楽府詩集』巻四十、『詩紀』巻十三所収。類似する楽府題として『楽府詩集』巻四十・瑟調曲「門有車馬客行」があるが、それとの関係は未詳。

門有万里客  門に万里の客有り、
問君何郷人  君に問ふ 何れの郷の人なるかと。
褰裳起従之  裳を褰(かか)げて起ちて之に従へば、
果得心所親  果して心の親しむ所を得たり。
挽裳対我泣  裳を挽きて我に対して泣き、
太息前自陳  太息して前(すす)みて自ら陳ぶ。
本是朔方士  「本は是れ朔方の士なるに、
今為呉越民   今は呉越の民為り。
行行将復行   行き行きて将に復た行き、
去去適西秦   去り去りて西秦に適(ゆ)かんとす。」

【押韻】人・親・陳・民・秦(上平声17真韻)。

【通釈】
門口に万里の彼方からやってきた旅人の姿があったので問うてみた。「あなたはどちらのご出身ですか。」裳裾を持ち上げて立ち上がり、彼の後を追いかけていくと、やっぱり心に親しみを覚える人なのであった。彼は裳裾を引きずりながら私に向かって涙を流し、大きなため息をついて前に進み出て自らのことを述べる。「私はもと北方を守る兵士でしたが、今は呉越の民となっております。旅を重ね更に旅を重ねて進みゆき、西方の秦へ赴くところです。」

【語釈】
○褰裳 もすそを持ち上げる。『詩経』鄭風「褰裳」に「子恵思我、褰裳渉溱(子 我を恵思せば、裳を褰げて溱を渉らん)」と。『玉台新詠』巻一、「古詩八首」其八に「褰裳望所思(裳を褰げて思ふ所を望む)」と。
○挽裳 「裳」字、底本は「衣」に作る。「褰裳」との重複を避けたか。今、『藝文類聚』、宋本等に拠って改める。
○朔方 北方。『詩経』小雅「出車」に「天子命我、城彼朔方(天子は我に命じて、彼の朔方に城(きづ)かしむ)」と。あるいは郡の名(『漢書』巻二十八下・地理志下)。今の内モンゴル自治区。前漢の元朔二年(前一二七)、武帝が衛青らに匈奴の侵略を撃退させて置いた。
○呉越 春秋時代の呉越両国が位置したあたり。今の江蘇省・浙江省。「責躬詩」(04-19-1)にも、「甘赴江湘、奮戈呉越(甘んじて江湘に赴き、戈を呉越に奮はん)」と。
○行行将復行 表現上、『文選』巻二十九「古詩十九首」其一にいう「行行重行行(行き行きて重ねて行き行く)」を用いる。
○西秦 西方の秦国。今の陝西省。春秋戦国時代の古称を用いたのは、前句の「呉越」にあわせたか。