05-08 白馬篇
05-08 白馬篇 白馬篇
【解題】
白馬に跨った侠客の武勇と気概を歌う楽府詩。『文選』巻二十七、『藝文類聚』巻四十二、『楽府詩集』巻六十三所収。『歌録』(『文選』李善注、『楽府詩集』題解所引)に、「白馬篇」が「斉瑟行」であることを記す。斉(山東省)は音楽の盛んな土地柄で、たとえば張衡「南都賦」(『文選』巻四)に「於是斉僮唱兮列趙女(是に於いて斉僮唱ひて趙女列す)」、曹植「侍太子坐」(04-02)に「斉人進奇楽(斉人 奇楽を進む)」とあり、また「斉瑟」の語が、曹植「贈丁廙」(04-14)、「箜篌引」(05-01)に見えている。
白馬飾金羈 白馬に金羈を飾り、
連翩西北馳 連翩として西北に馳す。
借問誰家子 誰家子(たれ)かと借問すれば、
幽并遊侠児 幽并の遊侠児なりといふ。
少小去郷邑 少小にして郷邑を去り、
揚声沙漠垂 声を沙漠の垂(ほとり)に揚ぐ。
宿昔秉良弓 宿昔 良弓を秉(と)り、
楛矢何参差 楛矢の何ぞ参差たる。
控弦破左的 弦を控(ひ)きて左的を破り、
右発摧月支 右に発して月支を摧く。
仰手接飛猱 手を仰(あ)げて飛猱を接(むか)へうち、
俯身散馬蹄 身を俯しては馬蹄を散ず。
狡捷過猴猿 狡捷 猴猿に過ぎ、
勇剽若豹螭 勇剽 豹螭の若し。
辺城多警急 辺城には警急多くして、
虜騎数遷移 虜騎 数(しばしば)遷移す。
羽檄従北来 羽檄 北より来たり、
厲馬登高堤 馬を厲(はげ)まして高堤に登る。
長駆蹈匈奴 長駆して匈奴を蹈み、
左顧凌鮮卑 左顧して鮮卑を凌ぐ。
棄身鋒刃端 身を鋒刃の端に棄てん、
性命安可懐 性命 安んぞ懐ふ可けんや。
父母且不顧 父母すら且つ顧みず、
何言子与妻 何ぞ子と妻とを言はんや。
名在壮士籍 名 壮士の籍に在り、
不得中顧私 中に私を顧みるを得ず。
捐躯赴国難 躯を捐(す)てて国難に赴き、
視死忽如帰 死を視ること忽として帰るが如し。
【通釈】
白馬に黄金のおもがいを飾り、ひらりひらりと西北へ馳せてゆく人。試みに、あなたはどちら様かと問うてみれば、幽州并州あたりの侠客だという。幼少時に郷里を離れ、国の果て、砂漠一帯で名を揚げた。若い頃から強い弓を手に取って、箙(えびら)には、楛の木で作った矢をなんと無造作に差していたことか。弦を引き絞っては左の的を射抜き、右に矢を放っては月支の的を打ち砕く。手を上方へかざしては飛んでくるテナガザルを迎え撃ち、身を伏せては馬蹄の的を粉砕する。敏捷さにかけては野猿をも凌ぎ、剽悍さを言えばまるで豹や螭のようだ。辺境の城塞には緊急事態が多発する。夷狄の騎兵がしばしば移動してくるのだ。急を告げる檄文が北からやってくれば、馬を奮い立たせて高い堤に駆け上る。馬を長距離走らせて匈奴一帯を踏み散らし、左方を振り返っては鮮卑の連中をやっつける。この身を軍鋒の先端に投げ出した以上、命が惜しいなどとどうして思うことができようか。父母のことすら顧みてはいられないのに、どうして子や妻のことなど言っておれようか。名が壮年男子の名簿に連ねられている以上、心中で私事を慮ることはできない。この身を捨て去って国難に赴き、死ぬことなど、まるで家に帰るくらいの気持ちで何でもないことと見ているのだ。
【語釈】
○白馬飾金羈 「羈」は、おもがい。馬の頭部に纏いつける綱。一句は、古楽府「艶歌羅敷行」(『宋書』巻二十一・楽志三)に白馬を描写した「青絲繋馬尾、黄金絡馬頭(青絲 馬尾に繋け、黄金 馬頭に絡ふ)」を思わせる。なお、「黄金絡馬頭」は、相和歌辞「鶏鳴」(『宋書』楽志三)、古楽府「相逢狭路間」(『玉台新詠』巻一)にもそのまま見える常套的辞句である。
○連翩西北馳 「連翩」は、ひらりひらりとひるがえるさま。畳韻語。「西北に馳せる」のは、斉の地から見て、下文にいう「匈奴」「鮮卑」が西北の方角に当たるからであろうか。
○借問 ちょっとたずねてみる。
○誰家子 「誰家」と同じく、だれの意。「子」は特に意味のない接尾辞。口語。
○幽并 幽州と并州。古代の九州のひとつとして、『周礼』夏官・職方氏、『漢書』巻二十八上・地理志上に記載がある。今の河北省から遼寧省、山西省にかけての一帯。
○遊侠児 任侠で世渡りする男。たとえば、『漢書』巻九十二・游侠伝に「布衣游侠劇孟・郭解之徒、馳騖於閭閻、権行州域、力折公侯((布衣の游侠 劇孟・郭解の徒は、閭閻に馳騖し、権は州域を行き、力は公侯を折る)」と。
○揚声沙漠垂 「漠」について、『説文解字』十一篇上に「漠、北方流沙也(漠は、北方の流沙なり)」と。「垂」は、ほとり。国土の果て。中原を離れた土地で名声を挙げることをいう先行作品として、班彪「幽通賦」(『文選』巻十四)に、「颻凱風而蝉蛻兮、雄朔野以颺声(凱風に颻して蝉蛻し、朔野に雄たりて以て声を颺ぐ)」と。
○宿昔 むかしから。
○良弓 強い良質の弓。『墨子』親士に「良弓難張、然可以及高入深(良弓は張り難し、然れども以て高きに及び深きに入る可し)」と。
○楛矢 楛という木で作った弓矢。その昔、北方異民族の粛慎氏が献上したことで知られる。『国語』巻五・魯語下に、孔子の言として「昔武王克商、通道于九夷百蛮、使各以其方賄来貢、使無忘職業。於是粛慎氏貢楛矢石砮、其長尺有咫(昔 武王 商に克ち、道を九夷百蛮に通じて、各 其の方賄を以て来貢せしめ、職業を忘るること無からしむ。是に於いて粛慎氏は楛矢石砮の、其の長さ尺有咫なるを貢ぐ)」と。
○参差 不揃いなさま。双声語。ここでは、箙(えびら)に矢が無造作に差されているさまをいう。
○控弦破左的 「控弦」は、弓のつるを引き絞る。用例として、『漢書』巻一〇〇下・叙伝下に李広の事績を述べて「控弦貫石、威動北隣(弦を控きて石を貫き、威は北隣を動かす)」と。「的」は、弓の標的。『毛詩』小雅「賓之初筵」に「発彼有的(彼の有的に発す)」、毛伝に「的、質也」と。「弦」、『文選』は「絃」に作る。音義通ず。
○月支 布に描いた弓の的。李善注に引く邯鄲淳『藝経』に「馬射、左辺為月支三枚、馬蹄二枚(馬射は、左辺に月支三枚、馬蹄二枚を為す)」と。
○仰手接飛猱 「接」は、前方から飛んでくるものを迎え撃つこと。『呉越春秋』闔閭内伝に「走追奔獣、手接飛鳥(走りて奔獣を追ひ、手づから飛鳥を接す)」と。「猱」は、テナガザル。敏捷に樹木の間を渡ってまわる。
○馬蹄 騎射の標的の一種。前掲の邯鄲淳『藝経』を参照。
○勇剽 敏捷さを備えた勇敢さ。剽悍。
○豹螭 「螭」は、猛獣の名。「豹」とともに描かれる例として、班固「西都賦」(『文選』巻一)に「挟師豹、拖熊螭(師・豹を挟み、熊・螭を拖く)」、李善注に引く『欧陽尚書説』に「螭、猛獣也」と。
○辺城多警急 「辺城」は、辺境を守る城塞。用例として、揚雄「長楊賦」(『文選』巻九)に「使海内澹然、永亡辺城之災、金革之患(海内をして澹然として、永く辺城の災ひ、金革の患ひ亡からしむ)」と。「警急」は、危急。異民族の急襲をいう。
○虜騎 異民族の騎兵。李善注『文選』は「胡虜」に作る。
○羽檄 木簡に鳥の羽を挿して緊急事態であることを示した軍事文書。『漢書』巻一下・高帝紀下に「吾以羽檄徴天下兵(吾は羽檄を以て天下の兵を徴す)」、顔師古注に「檄者、以木簡為書、長尺二寸、用徴召也。其有急事、則加以鳥羽挿之、示速疾也(檄とは、木簡を以て書を為し、長さ尺二寸、徴召に用ふるなり。其れ急事有らば、則ち加ふるに鳥羽を以て之を挿し、速疾なるを示すなり)」と。
○匈奴 北方から中国を脅かした遊牧騎馬民族。『漢書』巻九十四上・匈奴伝上には、夏王朝の末裔だという。
○鮮卑 北方の遊牧民族。初め匈奴の支配下にあったが、後漢末頃に取って代わり、一帯に勢力を張った。
○性命 生命。
○父母且不顧 「且」は、……でさえも。上の語を強調する。「顧」は、気に掛ける。『毛詩』小雅「正月」に「屢顧爾僕(屢 爾の僕を顧みる)」、鄭箋に「顧、猶視也。念也(顧は、猶ほ視るがごときなり。念ずるなり)」と。
○名在壮士籍 「在」字、李善注本『文選』は「編」に作る。
○視死忽如帰 『呂氏春秋』審分覧、勿躬に「平原広城、車不結軌、士不旋踵、鼓之、三軍之士、視死若帰、臣不若王子城父(平原広城、車は軌を結ばず、士は踵を旋さず、之を鼓すれば、三軍の士、死を視ること帰るが如きは、臣 王子城父に若かず)」とある表現を用いる。「忽」は、何でもないこととして軽く見ることをいう。