05-27 種葛篇

05-27 種葛篇  種葛篇

【解題】
夫の愛情を失った妻の悲しみを歌う楽府詩。これに重ねて、兄弟間の断絶を慨嘆する。朱緒曾『曹集考異』巻六に、「此亦不得於文帝、借棄婦而寄慨之辞。篇中葛藟棠棣皆隠寓兄弟意(此れも亦た文帝に得られず、棄婦に借りて慨を寄するの辞なり。篇中「葛藟」「棠棣」は皆 兄弟の意を隠寓す)」と指摘する。『玉台新詠』巻二、『楽府詩集』巻六十四、『詩紀』巻十三所収。

種葛南山下  葛を種う 南山の下、
葛藟自成陰  葛藟 自ら陰を成す。
与君初婚時  君と初めて婚せし時、
結髪恩意深  結髪 恩義深し。
歓愛在枕席  歓愛 枕席に在り、
宿昔同衣衾  宿昔 衣衾を同じくす。
窃慕棠棣篇  窃(ひそ)かに棠棣篇を慕ひ、
好楽如瑟琴  好楽 瑟琴の如し。
行年将晩暮  行年 将に晩暮ならんとして、
佳人懐異心  佳人 異心を懐く。
恩紀曠不接  恩紀 曠しく接せず、
我情遂抑沈  我が情 遂に抑沈す。
出門当何顧  門を出でて当た何をか顧みん、
徘徊歩北林  徘徊して北林を歩む。
下有交頸獣  下には頸を交ふる獣有り、
仰見双棲禽  仰ぎては双び棲む禽を見る。
攀枝長歎息  枝を攀(ひ)きて長く歎息し、
涙下沾羅衿  涙下りて羅衿を沾す。
良馬知我悲  良馬は我が悲しみを知りて、
延頸対我吟  頸を延ばして我に対して吟ず。
昔為同池魚  昔は池を同じくする魚為り、
今為商与参  今は商と参と為り。
往古皆歓遇  往古 皆 遇ふを歓びたるも、
我独困於今  我は独り今に困しむ。
棄置委天命  棄置して天命に委ねん、
悠悠安可任  悠悠 安んぞ任ふ可けんや。

【押韻】陰・深・衾・琴・心・沈・林・禽・衿・吟・参・今・任(下平声21侵韻)。

【通釈】
葛を南山のふもとに植えると、葛のつるは伸び広がって自然と蔭をつくるようになりました。あなたと初めて夫婦になったとき、髪を結んで深い恩義を交わしたものです。寝屋の中で愛を交わし、夜ごとしとねを共にしました。ひそかに棠棣の詩に心を寄せて、琴瑟を奏でるように仲良く楽しみあったものです。ところが、歳月を重ねて年老いてゆくにつれ、夫は二心を抱くようになりました。久しく夫婦の恩愛に触れることはなく、私の気持ちはこうして重苦しく沈み込んでいったのです。門を出て、さていったい何を顧みたものか、行きつ戻りつして北の林を歩き回ります。足元には首を絡ませ合う動物がいて、仰ぎ見ればつがいで棲む鳥が目に入ります。枝を引き寄せては長くため息をつき、涙はこぼれ落ちて薄物の襟を濡らします。良き馬は私の悲しみを分かっていて、首を伸ばして私に向かって嘶きます。昔は同じ池に棲む魚だったのに、今は商星と参星のように遠く隔たっています。往年は二人とも会えば歓楽を共にする間柄だったのに、私はひとり、今この時に行き悩んでいます。もう何もかも捨て置いて、天命に身を任せてしまいましょう。あれこれ思いまどうことに、これ以上どうして堪えられましょうか。

【語釈】
○種葛南山下、葛藟自成陰 『詩経』周南「樛木」にいう「南有樛木、葛藟櫐之(南に樛木有り、葛藟 之に櫐(まつわ)る)」を踏まえつつ、『詩経』王風「葛藟」にいう「綿綿葛藟、在河之滸。終遠兄弟、謂他人父(綿綿たる葛藟、河の滸に在り。終に兄弟に遠ざかり、他人を父と謂ふ)」をも響かせる。
○与君初婚時 『文選』巻二十九「古詩十九首」其八にいう「与君為新婚、兎絲附女蘿(君と新婚を為すこと、兎絲の女蘿に附くがごとし)」を踏まえる。類似表現として、曹丕「於清河見輓船士新婚与妻別(清河に於いて船を輓士の新たに婚して妻と別るるを見る)」(『玉台新詠』巻二)に「与君結新婚、宿昔当別離(君と新婚を結びて、宿昔 当に別離すべし)」、曹叡「楽府二首」其二(同巻二)に「与君新為婚、瓜葛相結連(君と新たに婚を為し、瓜葛 相結連す)」と。
○結髪恩義深 『文選』巻二十九、蘇武「詩四首」其三に「結髪為夫妻、恩愛両不疑(結髪して夫妻と為り、恩愛は両つながら疑はず)」を踏まえる。その李善注によるならば、「結髪」は成人に達したことをいう。男子は二十歳、女子は十五歳で髪を結い、それぞれ冠をつけ、笄をさした。「義」字、底本は「意」に作る。今、宋本、及び『玉台新詠』以下の諸本に拠って改める。
○宿昔同衣衾 「宿昔」は、夜をいう。「宿」は、夜明け前を意味する「夙」に通じ、「昔」は「夕」に通ず。『文選』巻二十七、古楽府「飲馬長城窟行」に「夙昔夢見之(夙昔 夢に之を見る)」、その李善注に『広雅』巻四上・釈詁を引いて「昔、夜也」と。また、同巻二十三、阮籍「詠懐詩十七首」其四にいう「携手等歓愛、宿昔同衣裳(手を携へて歓愛を等しくし、宿昔 衣裳を同じくす)」は、本詩を念頭に置いている可能性がある。
○棠棣篇 『詩経』小雅の篇名。現行の『毛詩』では「常棣」に作る。「魯詩」は「常」を「棠」に作ること、陳寿祺撰・陳喬樅述『三家詩遺説考』魯詩遺説攷八(王先謙編『清経解続編』巻一一二五所収)に、蔡邕「姜伯淮碑」を引いて示す。なお、「求通親親表」(07-14)でも「中詠棠棣匪他之誡(中には棠棣匪他の誡めを詠ず)」と表記されている。
○好楽如瑟琴 「好楽」は、仲睦まじく楽しむ。一句は、『詩経』小雅「棠棣」にいう「妻子好合、如鼓瑟琴。兄弟既翕、和楽且湛(妻子好合すること、瑟琴を鼓するが如し。兄弟既に翕(あつ)まりて、和楽し且つ湛(たの)しむ)」を踏まえる。
○行年 生きてきた年数。年齢。
○佳人 ここでは夫を指していう。
○恩紀曠不接 「恩紀」は、夫婦間の恩愛という基本的倫理。用例として、『三国志』巻三十一(蜀書)・二主妃子伝の評に「易称有夫婦、然後有父子。夫人倫之始、恩紀之隆、莫尚於此矣(『易』に称すらく 夫婦有りて、然る後に父子有りと(序卦伝)。夫れ人倫の始め、恩紀の隆んなる、此よりも尚きは莫し)」と。「曠」は、久しく。がらんとした空虚のニュアンスを含む。
○我情遂抑沈 『楚辞』九章「惜誦」にいう「情沈抑而不達兮、又蔽而莫之白(情は沈抑せられて達せず、又蔽はれて之を白す莫し)」を踏まえるか。
○当 いったい。下に疑問詞を伴う。
○徘徊 行きつ戻りつする。畳韻語。
○北林 用例として、曹丕「善哉行」(『宋書』巻二十一・楽志三)に、「飛鳥翻翔舞、悲鳴集北林(飛鳥は翻翔して舞ひ、悲鳴して北林に集まる)」と。第一句の「南山」を抜け出たところをいうか。
○交頸獣・双棲禽 仲睦まじい夫婦をいう。司馬相如「琴歌二首」其一(『玉台新詠』巻九)にいう「室邇人遐毒我腸、何縁交頸為鴛鴦(室は邇く人は遐く我が腸を毒す、何に縁りてか頸を交へて鴛鴦と為らん)」を踏まえるか。
○攀枝 枝に手をのばして引き寄せる。
○涙下沾羅衿 涙が流れて衣を濡らすのは、漢代詩歌には常套的な発想。たとえば、『文選』巻二十九「古詩十九首」其十九に「涙下沾裳衣(涙下りて裳衣を沾す)」と。
○昔為同池魚、今為商与参 「商」は、さそり座のアンタレスを中心とする三星、「参」は、オリオン座の三星。両者は同じ空にともに出現することはない。特に兄弟間の隔絶を喩えた例として、『春秋左氏伝』昭公元年に、高辛氏の不仲の二子、閼伯と実沈とが、辰星を司る商と、参星を司る大夏とにそれぞれ遷された記事が見える。両句の類似表現として、『文選』巻二十九、蘇武「詩四首」其一に「昔為鴛与鴦、今為参与辰(昔は鴛と鴦と為り、今は参と辰と為り)」と。
○我独困於今 「困于」は、『易』困卦の各爻辞に見える。たとえば、上六の爻辞に「困于葛藟(葛藟に困しむ)」と。一句は、『楚辞』離騒にいう「吾独窮困乎此時也(吾は独り此の時に窮困するなり)」を踏まえる。
○棄置 放置しておく。用例として、曹丕「雑詩二首」其二(『文選』巻二十九)に「棄置勿復陳(棄置して復た陳ぶる勿けん)」と。
○悠悠安可任 「悠悠」は、憂えるさま。東方朔「七諌・初放」(『楚辞章句』巻十三)に「悠悠蒼天兮莫我振理、窃怨君之不寤兮吾独死而後已(悠悠たり 蒼天よ 我を振理する莫し、窃かに君の寤らざるを怨む 吾独り死して而る後に已まん)」、王逸注に「悠悠、憂貌(悠悠とは、憂へる貌なり)」と。「任」は、あることを引き受けて耐える。