理解に苦しむ曹植詩

こんばんは。

先ほど、「贈丁儀」詩の訳注稿を公開しました。
ふと目を挙げると、窓の外におおきな円い月がのぼっていました。

三五夜中新月の色、二千里外故人の心。*
月を見て思いを馳せるのは、この「故人」(古くからの友人)ばかりか、
「古人」でもあるのだと、ふと強烈に思いました。
同じ月を、凡そ千八百年ほど前の曹植も見ていたはずです。

さて、本詩は以前にも論じたことがありますが(こちらの学術論文№34)、
今もよくわからない部分を残す、非常に難解な作品です。
そのわからなさというのはこういうことです。
(実は前にも言及したことがあるのをすっかり忘れていました。あらためまして。)

この作品は、詩中で手厳しい為政者批判を繰り広げていますが、
その矛先は、後漢末の献帝でも、魏王たる父曹操でもなく、
魏王を継いだ、兄の曹丕に向けられていると判断するほかありません。

ただ、そうすると、
曹丕に殺されることが目前に迫っている丁儀に対して、
「子(そなた)は其れ爾(なんぢ)が心を寧(やす)んぜよ、親交 義 薄からず」などと、
悠長なことを言って慰めている曹植のことが理解できないのです。

曹植は、丁儀が置かれた状況を把握できていなかったのでしょうか。
兄曹丕との関係を、骨肉の信頼関係で結ばれていると安心しきっていたのでしょうか。
そうすると、あの辛辣な為政者批判は何だったのか、わからなくなります。
あれだけ非難しても許される間柄だと甘えていたのでしょうか。

拙論や訳注稿とともに、ご一考いただければと思います。

それではまた。

*白居易「八月十五日夜、禁中独直、対月憶元九」(『白氏文集』巻十四、〇七二四)

2020年4月7日