04-04-2 送応氏 二首 其二
04-04-2 送応氏 二首 其二 応氏を送る 二首 其の二
【解題】
[04-04-1 送応氏 二首 其一]を参照。
清時難屢得 清時 屢(しばしば)は得ること難く
嘉会不可常 嘉会 常にはす可からず
天地無終極 天地には終極無く
人命若朝霜 人命は朝霜の若し
願得展嬿婉 願はくは嬿婉を展ぶるを得ん
我友之朔方 我が友 朔方に之(ゆ)かんとす
親昵並集送 親昵 並びに集ひ送りて
置酒此河陽 此の河陽に置酒す
中饋豈独薄 中饋 豈に独り薄からんや
賓飲不尽觴 賓飲 觴を尽くさず
愛至望苦深 愛の至りて望みは苦(はなは)だ深し
豈不愧中腸 豈に中腸に愧ぢざらんや
山川阻且遠 山川は阻しく且つ遠し
別促会日長 別れは促(せま)りて会ふ日は長(ひさ)し
願為比翼鳥 願はくは比翼の鳥と為りて
施翮起高翔 翮を施(の)べ起ちて高く翔らんことを
【押韻】常・霜・方・陽・觴・腸・長・翔(下平声10陽)。
【通釈】
清らかな御代には頻繁に巡り会えるわけではなく、すばらしい宴席も常に設けることができるわけではない。天地には終りがないのに対して、人の命はまるで朝の霜のようにはかなく消え去る存在だ。だからこそ、親愛に満たされた宴を繰り広げたい。我が友は遠く朔方へ赴くのだから。馴染みの者たちはこぞって見送りに集まり、この黄河の北岸に酒宴を張る。貴賓に奉られる御膳はどうして貧弱なことがあろう。それなのに、君という賓客は杯を空けてくれない。強い恩愛で結ばれていれば、望みもひどく深くなって当然なのに、それに応えられないことを腹の底から恥じないではいられない。君の眼前に広がる山川は、険しくかつ遠くへと続いている。別れの時は迫り、再会の日はずっと先のことになるだろう。できることならば比翼の鳥となって、君とともに翼を伸ばし、飛び立って大空高く翔けてゆきたいものだ。
【語釈】
○清時難屢得・嘉会不可常 「清時」は、清らかな御代。たとえば、曹操「清時令」(『太平御覧』巻817)に「今清時、但当尽忠於国、効力王事(今は清時なれば、但だ当に忠を国に尽くし、力を王事に効(いた)すべし)」と。両句は、『文選』巻29、李陵「与蘇武三首」其二にいう「嘉会難再遇、三載為千秋(嘉会は再びは遇ひ難し、三載も千秋と為らん)」を踏まえる。
○天地無終極・人命若朝霜 発想として、『荘子』盗跖にいう「天与地无窮、人死者有時。操有時之具、而託於无窮之間、忽然无異騏驥之馳過隙也(天と地とは窮まり无く、人の死するは時有り。有時の具を操りて、无窮の間に託するは、忽然たること騏驥の馳せて隙を過ぐるに異なる无きなり)」を意識する。下の句は、『漢書』巻54・蘇武伝にいう「人生如朝露、何久自苦如此(人生は朝露の如きなるに、何ぞ久しく自ら苦しむること此の如き)」を踏まえ、上の句は、曹植「薤露行」(05-10)の第一句「天地無窮極(天地に窮極無し)」に酷似する。
○嬿婉 親密な者どうしの宴。『文選』巻29、蘇武「詩四首」其三にいう「歓娯在今夕、嬿婉及良時(歓娯は今夕に在り、嬿婉は良時に及ばん)」を踏まえる。
○朔方 北方。
○河陽 黄河の北岸。本詩が其一と同じ時の作であるとするならば、孟津(現在の河南省孟県の南)を指すか。建安十六年(211)、曹操軍がこの地に駐屯したことは、『三国志(魏志)』巻五・后妃伝(甄皇后)裴松之注に引く『魏書』等に見えている。
○中饋 『易』家人の卦、六二の爻辞に「在中饋、貞吉(中饋に在らば、貞しく吉なり)」と。ここでは、身内から貴賓に向けて供される食事をいう。
○愛至望苦深 愛情を増すほど、相手からの望みもいよいよ深くなる。『漢書』巻85・杜鄴伝に、「鄴聞人情、恩深者其養謹、愛至者其求詳(鄴聞くならく人情として、恩深ければ其の養ふや謹しみ、愛至れば其の求むるや詳らかなり)」と。
○中腸 はらわたの中。真情。
○山川阻且遠 『詩経』小雅「漸漸之石」にいう「山川悠遠(山川は悠かに遠し)」、同秦風「蒹葭」にいう「道阻且長(道は阻しく且つ長し)」、及び『文選』巻29「古詩十九首」其一にいう「道路阻且長、会面安可知(道路は阻しく且つ長し、会面 安くんぞ知る可けんや)」を踏まえる。
○願為比翼鳥・施翮起高翔 前掲「古詩十九首」其五にいう「願為双鳴鶴、奮翅起高飛(願はくは双鳴鶴と為り、翅を奮ひて起ちて高く飛ばんことを)」を踏まえる。「比翼鳥」は、雌雄が一体となってはじめて飛べる伝説の鳥(『爾雅』釈地等)。