04-05-1 雑詩 六首(1)
04-05-1 雑詩 六首 其一 雑詩 六首 其の一
【解題】
親しい人と遠く隔てられ、往来が途絶していることの苦しみを詠ずる。『文選』巻二十九所収「雑詩六首」の其一。李善注は、六首のすべてを、曹植が都(洛陽)を離れて後、鄄城(山東省)に在任していた時、すなわち黄初四年(二二三)の作とするが、根拠は示されていない。黄節は、陳祚明『采菽堂古詩選』巻六の説を引きつつ、本詩にいう「之子」は、黄初三年、呉王に遷った曹彪を指す可能性があると述べる(『曹子建詩註』巻一)。
高台多悲風 高台 悲風多く、
朝日照北林 朝日 北林を照らす。
之子在万里 之の子 万里に在り、
江湖迥且深 江湖 迥(とほ)く且つ深し。
方舟安可極 方舟 安んぞ極(いた)す可けんや、
離思故難任 離思 故(もと)より任(た)へ難し。
孤雁飛南遊 孤雁 飛びて南に遊び、
過庭長哀吟 庭を過(よぎ)りて長く哀吟す。
翹思慕遠人 思ひを翹(あ)げて遠き人を慕ひ、
願欲托遺音 遺音に托せんと願欲(ねが)ふ。
形景忽不見 形景 忽として見えず、
翩翩傷我心 翩翩として我が心を傷ましむ。
【通釈】
高くそびえる楼台に悲しげな風がひどく吹きつけ、朝日が北の林を照らしている。他方、この人は都から万里も隔てられた彼方にいて、江湖の広がるその地は、遠くて深く分け入った先にある。舟を泛べても、どうしてそこまでたどり着くことができようか。離別した人への思いはもとより耐え難いものだけれど。つれあいを失った雁が南の空を飛び回り、わが庭をよぎって悲しげな鳴き声を長く引く。私は遠くにいる人を追慕して、思いを高くかかげ、鳥の残した鳴き声に託してこの思いを送り届けたいと願ったけれど、鳥の姿も影もあっという間に見えなくなって、ひらひらとした幻影に、私の胸は張り裂けんばかりだ。
【語釈】
○高台多悲風 「高台」は都城を象徴していう。用例として、陸賈『新語』本行篇に「高台百仞、金城文画、所以疲百姓之力者也(高台百仞、金城文画、百姓の力を疲れしむる所以の者なり)」と。一句の類似表現として、曹植「野田黄雀行」(『楽府詩集』巻三十九)の第一句に「高樹多悲風(高樹に悲風多し)」と。
○朝日照北林 「朝日」は、曹丕「善哉行」(『宋書』巻二十一・楽志三)に「朝日楽相楽(朝日 楽しみて相楽しむ)」と見えている。「北林」は、宮廷内にある林。「朝游高台観(朝に高台観に游ぶ)」を冒頭に置く曹丕「善哉行」(『宋書』巻二十一・楽志三)に、「飛鳥翻翔舞、悲鳴集北林(飛鳥は翻翔して舞ひ、悲鳴して北林に集まる)」と。『毛詩』秦風「晨風」に「鴪彼晨風、鬱彼北林(鴪たる彼の晨風、鬱たる彼の北林)」、毛伝に「先君招賢人、賢人往之、駃疾如晨風之飛入北林(先君は賢人を招き、賢人は之に往き、駃疾なること晨風の北林に飛び入るが如し)」とあるのを響かせ、君主に召された人々が集う場所をいう。
○之子 この人。親しみを込めた呼び方。『詩経』に頻出する。たとえば、『毛詩』小雅「鴻雁」に「鴻雁于飛、粛粛其羽、之子于征、劬労于野(鴻雁 于(ゆ)き飛ぶ、粛粛たる其の羽、之の子 于き征く、野に劬労す)」と。
○江湖 都から遠く離れた川や湖。
○方舟 舟を二つ並べた大夫の乗り物。『爾雅』釈水に「天子造舟、諸侯維舟、大夫方舟、士特舟、庶人乗泭」、この中の「方舟」について、郭璞注に「併両船(両船を併ぶ)」と。なお、本詩の成立を曹魏王朝時代だとすれば、曹植の身分は王であり、『爾雅』によれば、その乗り物は、船を四つ繋いだ「維舟」のはずである。ところが、本詩に登場するのは「方舟」である。「諸侯」は王朝の官には就けないが、「大夫」とは官に就いている者をいう。ここに曹植の自己認識を窺うことができるかもしれない。青木竜一氏(東北大学大学院)の指摘による。なお、同じ語は、「雑詩六首」其五(04-05-01)にも見えている。詳細はこちらを参照されたい。
○離思故難任 類似表現として、『文選』巻二十三、王粲「七哀詩二首」其二に「羈旅無終極、憂思壮難任(羈旅に終極無く、憂思 壮にして任へ難し)」と。
○孤雁飛南遊 『楚辞』九辯(『文選』巻三十三、宋玉「九辯五首」其一)にいう「雁廱廱而南遊、鵾鶏啁哳而悲鳴(雁は廱廱として南に遊び、鵾鶏は啁哳として悲鳴す)」を響かせつつ、ここではつれあいを失った孤独な雁を詠ずる。一句の類似表現として、『文選』巻二十九、曹丕「雑詩二首」其一に「孤雁独南翔(孤雁 独り南に翔る)」と。
○翹思 思いを高くかかげる。
○願欲 ……したいと願う。二字で一語。
○遺音 飛んでいく鳥が残した悲しげな鳴き声。『易』小過の卦辞に「飛鳥遺之音(飛鳥 之が音を遺す)」、王弼注に「飛鳥遺其音声、哀以求処(飛鳥 其の音声を遺し、哀しみて以て処を求む)」と。
○形景 姿かたちとその影。『文選』は「形影」に作る。「景」は「影」に同じ。
○翩翩 鳥がひらひらと軽やかに飛ぶ貌。