04-06 喜雨

04-06 喜雨  雨を喜ぶ

【解題】
大干ばつの後、雨に恵まれたことを喜ぶ詩。『北堂書鈔』巻一五六に、「曹植喜雨詩」として「太和二年大旱、三麦不収、百姓分為飢餓(太和二年 大旱あり、三麦 収められず、百姓は分(あま)んじて飢餓を為す)」と引く。おそらく本詩の序文であろう。この大干ばつは、太和二年(二二八)五月に起こった(『魏志』巻三・明帝紀)。詩の本文は『藝文類聚』巻二所収。

天覆何弥広  天の覆ふこと 何ぞ弥広なる、
苞育此群生  此の群生を苞育す。
棄之必憔悴  之を棄つれば必ず憔悴し、
恵之則滋栄  之に恵めば則ち滋栄す。
慶雲従北来  慶雲 北より来たり、
鬱述西南征  鬱述として西南に征(ゆ)く。
時雨終夜降  時雨 中夜に降り、
長雷周我廷  長雷 我が庭を周(めぐ)る。
嘉種盈膏壌  嘉種 膏壌に盈ち、
登秋必有成  登秋 必ず成る有らん。

【通釈】
天はなんと広々と世界を覆っていることか、この生きとし生ける者たちを包み込んで育ててくれる。天が見捨てれば、必ずそれらは打ちしおれ、天が恵みを与えたならば、それらは豊かに茂って花が咲く。めでたい雲が北からやってきて、もくもくと湧き上がって西南へ流れてゆく。時節に適った雨が夜中に降り出して、長く轟く雷がわが庭を駆け巡る。すばらしい種が豊かな土壌一面に撒き広げられ、秋の実りはきっと大豊作となるだろう。

【語釈】
○天覆 天が万物を覆っていること。『礼記』中庸にいう「天之所覆、地之所載(天の覆ふ所、地の載する所)」に基づく。敷衍して、天子の恩沢が広く世の中を覆うことを喩えていう。たとえば、『漢書』巻八十一・匡衡伝に、彼の上疏を引いて「陛下聖徳天覆、子愛海内(陛下 聖徳は天のごとく覆(おほ)ひ、子のごとく海内を愛す)」、司馬相如「封禅文」(『文選』巻四十八)に「自我天覆、雲之油油、甘露時雨、厥壌可游(我が天の覆ひしより、雲の油油たるあり、甘露時雨ありて、厥の壌 游ぶ可し)」と。
○弥広 あまねく広くゆきわたる。
○苞育此群生 「苞育」は、包み込むようにして育てる。用例の少ない語。一句の類似表現として、司馬相如「封禅文」(『文選』巻四十八)に「陛下仁育群生、義征不譓(陛下 仁は群生を育て、義は不譓を征す)」と。
○憔悴 うちしおれる。双声語。
○滋栄 豊かに茂って花を開く。張衡「帰田賦」(『文選』巻十五)に「原隰鬱茂、百草滋栄(原隰は鬱茂し、百草は滋栄す)」と。
○慶雲 めでたい雲。『漢書』巻二十六・天文志に「若煙非煙、若雲非雲、郁郁紛紛、蕭索輪囷、是謂慶雲。慶雲見、喜色也(煙の若くして煙に非ず、雲の若くして雲に非ず、郁郁紛紛として、蕭索輪囷たり、是れ慶雲と謂ふ。慶雲の見(あらは)るるは、喜色なり)」と。
○鬱述 雲の湧きおこるさま。「鬱律」に同じ。『爾雅』釈言に「律、遹、述也(律、遹は、述ぶるなり)」と。『文選』巻十二、郭璞「江賦」に「気滃渤以霧杳、時鬱律其如煙(気は滃渤として以て霧のごとく杳(くら)く、時に鬱律として其れ煙の如し)」、李善注に「鬱律、煙上貌(鬱律は、煙の上がる貌なり)」と。
○時雨 時節にふさわしい雨。『礼記』孔子閑居に「天降時雨、山川出雲(天 時雨を降し、山川 雲を出だす)」と。敷衍して、明君の教化による恵みをも意味する。『孟子』滕文公章句下に「其君弔其民、如時雨降(其の君の其の民を弔(あは)れむこと、時雨の降るが如し)」と。
○中夜 夜中。底本は「終夜」に作る。今、『藝文類聚』に拠っておく。
○長雷周我庭 「長雷」は、「周」は、旋回する、めぐる。『楚辞』九歌「湘君」に「水周兮堂下(水は堂下を周る)」、王逸注に「周、旋也(周は、旋るなり)」と。「庭」、底本は「廷」に作る。今、『藝文類聚』に拠っておく。
○嘉種 穀物のよき種。『毛詩』大雅「生民」に「誕降嘉種、維秬維秠、維穈維(誕(おほ)いに嘉種を降す、維れ秬維れ秠、維れ穈維れ)」と。
○膏壌 豊かな土壌。『漢書』巻九十九中・王莽伝中に「膏壌殖穀(膏壌に穀を殖す)」、顔師古注に「膏壌、言其土地肥美也(膏壌は、其の土地の肥えて美なるを言ふなり)」と。
○登秋 秋の実り。「登」は、穀物が実ること。『礼記』曲礼上に「歳凶、年穀不登(歳凶にして、年登らず)」、鄭玄注に「登、成也(登は、成るなり)」と。「秋」も、秋の実りをいう。