04-16 矯志

04-16 矯志  志を矯む

【解題】
戒めの言葉を詠じた詩。『藝文類聚』巻二十三「鑑誡」には、第八句までとそれ以降とを区切り、別の「矯志詩」として収載する。

芝桂雖芳  芝桂は芳しと雖も、
難以餌魚  以て魚に餌し難し。
尸位素餐  尸位素餐は、
難以成居  以て居を成し難し。
磁石引鉄  磁石は鉄を引くも、
於金不連  金に於いては連ならず。
大朝挙士  大朝 士を挙ぐるに、
愚不聞焉  愚かなるは焉(ここ)に聞こえず。
抱璧途乞  璧を抱きて途に乞へば、
無為貴宝  宝を貴ぶに為す無し。
履仁遘禍  仁を履みて禍ひに遘(あ)へば、
無為貴道  道を貴ぶに為す無し。
鴛雛遠害  鴛雛は害を遠ざけて、
不羞卑棲  卑棲を羞ぢず。
霊虯避難  霊虯は難を避けて、
不恥汚泥  汚泥を恥ぢず。
都蔗雖甘  都蔗は甘しと雖も、
杖之必折  之を杖とせば必ずや折れん。
巧言雖美  巧言は美しと雖も、
用之必滅  之を用ひば必ずや滅びん。
済済唐朝  済済たる唐朝、
万邦作孚  万邦は孚(まこと)を作す。
逢蒙雖巧  逢蒙は巧みなりと雖も、
必得良弓  必ず良弓を得たり。
聖主雖知  聖主は知なりと雖も、
亦待英雄  亦た英雄を待つ。
螳蜋見歎  螳蜋 歎ぜられて、
斉士軽戦  斉士 戦ふを軽んず。
越王軾蛙  越王 蛙に軾して、
国以死献  国は死を以て献ず。
道遠知驥  道の遠くして驥を知り、
世偽知賢  世に偽りありて賢を知る。
覆之幬之  之を覆ひ之を幬(おほ)ふ、
順天之矩  天の矩に順ふ。
沢如凱風  沢ひは凱風の如く、
恵如時雨  恵みは時雨の如し。
口為禁闥  口は禁闥為り、
舌為発機  舌は発機為り。
門機之関  門機の関は、
楛矢不追  楛矢も追へず。

【通釈】
芝蘭や桂は香りが高いとはいえ、それを餌にして魚を釣ることは難しい。何の働きもないのに立派な待遇を得るのでは、地位にふさわしい責務を果たすことは難しい。
磁石は鉄を引き寄せるけれども、金には連なるということがない。盛大なる朝廷が人士を登用するのに、愚かなる者が推挙されることはない。
璧を抱いて道端で物乞いをするようでは、宝玉を尊重しようにも手立てがない。仁を踏み行って災禍に遭遇するようでは、道を尊崇しようにも手立てがない。
鵷鶵は迫害を遠ざけるために、鄙びた棲みかを恥じたりはしない。霊妙なるみずちは災難を避けるために、汚泥の中にいることを恥とはしない。
サトウキビは甘いとはいえ、これを杖としたならばきっと折れてしまうだろう。巧言は耳に心地よいとはいえ、この言葉を取り上げて用いたならばきっと滅びてしまうだろう。
賢人が盛大に集まる陶唐氏堯の王朝に、万国は誠心から付き従う。
逢蒙は巧みな技を持ってはいるが、必ず良質の弓を手中にしているものだ。聖なる君主は優れた知性を備えているが、それでも英雄の輔佐を待ち望んでいるものだ。
カマキリが讃嘆されると、斉の国の兵士たちは戦闘をものともしなくなった。越王が怒るカエルに車中から敬礼すると、国中の者たちが死をも辞さない覚悟を示した。
行く道が遠いと一日に千里を走る馬の俊足ぶりが知られ、世の中に虚偽がはびこると賢者の存在が浮かび上がる。(仁ある虎は爪を匿し、神聖なる龍は鱗を隠している。)
天地のごとく世界を広く覆いつくし、天の定めた規矩に従う。すると、その恩沢は南から吹いてくる風のようにゆきわたり、その恵みは時節に適った雨のように降り注ぐだろう。
口は宮中の小門であり、舌は矢を放つ仕掛けである。門や仕掛けの枢要が発動すれば、楛矢すらも追いつけない。

【語釈】
○芝桂雖芳、難以餌魚 「芝桂」は、芝蘭と桂。いずれも芳香を発する植物。二句は、『闕子』(『太平御覧』巻八三四)に記す、「魯人有好釣者、以桂為餌、黄金之鉤、錯以銀碧、垂翡翠之綸、其持竿処位即是、然其得魚不幾矣。故曰、釣之務不在芳飾(餌)、事之急不在辯言(魯人に釣を好む者有り、桂を以て餌と為し、黄金の鉤に、錯するに銀碧を以てし、翡翠の綸を垂れ、其の竿を持つ処位は即ち是にして、然れども其の魚を得ること幾(いくばく)もあらず。故に曰く、釣の務めは芳飾(餌)に在らず、事の急は辯言に在らず、と)」との故事を踏まえる。上の句、底本は「芳樹雖香」に作る。今、『藝文類聚』に拠って改める。
○尸位素餐 何の働きもなく、地位や俸禄を得ていること。『漢書』巻六十七。朱雲伝に「今朝廷大臣上不能匡主、下亡以益民、皆尸位素餐(今 朝廷の大臣は上は主を匡(ただ)す能はず、下は以て民を益する亡く、皆尸位素餐なり)」と。「尸位」は、『尚書』五子之歌に「太康尸位以逸豫(太康は位を尸して以て逸豫す)」と、「素餐」は、『毛詩』魏風「伐檀」に「彼君子兮、不素餐兮(彼の君子は、素餐せず)」とあるのに由来する語。
○成居 「居」は、身を置く場所。『毛詩』唐風「蟋蟀」に「無已大康、職思其居(已(はなは)だ大いに康(たの)しむこと無かれ、職として其の居を思へ)」、鄭箋に「当主思於所居之事、謂国中政令(当に主として居る所の事を思ふべしとは、国中の政令を謂ふなり)」と。「成居」で、地位にふさわしい責務を果たすことをいう。曹植「精微篇」にも「多男亦何為、一女足成居(男多きも亦た何をか為さん、一女 居を成すに足る)」と。
○磁石引鉄、於金不連 『淮南子』説山訓に「慈石能引鉄、及其於銅、則不行也(慈石は能く鉄を引くも、其の銅に於けるに及んでは、則ち行はれざるなり)」と。
○大朝 天子の下に、諸侯や臣下たちが盛大に集うこと。ここでは大いなる朝廷をいうか。
○無為 ……しようがない、……する手立てがない。たとえば、『論衡』書虚篇に「夫人生於人、非生於土也。穿土鑿井、無為得人(夫れ人は人より生じて、土より生ずるに非ざるなり。土を穿ち井を鑿ちても、人を得るに為す無し)」と。
○鴛雛遠害、不羞卑棲 「鴛雛」は、鸞鳳に属する鳥(『経典釈文』荘子音義中に引く)。二句は、『荘子』秋水篇にいう「南方有鳥、其名為鵷鶵、……発於南海而飛於北海、非梧桐不止、非練実不食、非醴泉不飲(南方に鳥有り、其の名を鵷鶵と為す、……南海に発して北海に飛び、梧桐に非ずんば止まらず、練実に非ずんば食せず、醴泉に非ずんば飲まず)」を踏まえつつ反転させる。
○霊虯避難、不恥汚泥 「虯」は、角のない龍をいう。『楚辞』離騒にいう「駟玉虯以乗鷖(玉虯を駟として以て鷖に乗る)」の王逸注に「有角曰龍、無角曰虯。鷖、鳳凰別名也(角有るを龍と曰ひ、角無きを虯と曰ふ。鷖は、鳳凰の別名なり)」と。二句は、揚雄『法言』問神篇にいう「龍蟠于泥、蚖其肆矣。蚖哉、蚖哉、悪覩龍之志也歟(龍は泥に蟠(わだかま)り、蚖は其れ肆(ほしいまま)にす。蚖や、蚖や、悪(いづく)んぞ龍の志を覩(み)んや)」を踏まえている可能性がある。
○都蔗雖甘、杖之必折 「都蔗」はサトウキビ。二句は、劉向「杖銘」(『藝文類聚』巻六十九)にいう「都蔗雖甘、殆不可杖。佞人悦己、亦不可相(都蔗は甘しと雖も、殆ど杖とす可からず。佞人は己を悦ばしむるも、亦た相とす可からず)」を踏まえる。
○済済唐朝 「済済」は、大勢の賢人が集まって盛大なさま。『毛詩』大雅「棫樸」に「済済辟王、左右趣之(済済たる辟王、左右之に趣く)」と。「唐朝」は、陶唐氏堯の治めた国をいう。「責躬」詩(04-19-1)に、魏王室を称えていう「超商越周、与唐比蹤(商を超え周を越え、唐と蹤(あと)を比(なら)ぶ)」の「唐」に同じ。
○万邦作孚 『毛詩』大雅「文王」に「儀刑文王、万邦作孚(文王に儀刑し、万邦は孚を作す)」、毛伝に「孚、信也(孚は、信なり)」と。
○逢蒙雖巧、必得良弓 「逢蒙」は、弓の名人で、羿に学んだ。『孟子』離婁章句に「逢蒙学射於羿、尽羿之道、思天下惟羿為愈己、於是殺羿(逢蒙は射を羿に学び、羿の道を尽くして、思へらく天下に惟だ羿のみ己に愈(まさ)ると為し、是に於いて羿を殺す)」と。二句は、『韓詩外伝』巻五にいう「羿、天下之善射者矣、無弓矢則無所見其巧(羿は、天下の射を善くする者なれども、弓矢無くんば則ち其の巧みを見(あら)はす所無し)」を念頭に置いているかもしれない。これとほぼ同じ文が、『荀子』儒効篇にも見えている。
○聖主雖知、亦待英雄 「亦」は、それでも、の意。下の句、底本は「必得英雄」に作る。今、『藝文類聚』巻二十三に従って改め、上文との表現上の重複を避けておく。
○螳蜋見歎、斉士軽戦 「螳蜋」は、カマキリ。二句は、斉の荘公が猟に出て、車輪に挑みかかるカマキリに遭遇し、前進するのみで退却を知らないその性質に感嘆したところ、武勇の士たちが死を投げ出す覚悟を決めたという逸話(『韓詩外伝』巻八、『淮南子』人間篇)を踏まえる。
○越王軾蛙、国以死献 越王が呉を伐つのに、死をも恐れぬ戦士を求めるため、怒った蛙に対して、車の横木に両手をかけて敬礼し、勇者を礼遇する自身の姿勢を示したという逸話(『韓非子』内儲説上、『尹文子』大道篇上)を踏まえる。
○道遠知驥、世偽知賢 「驥」は、一日に千里走る駿馬。『荀子』修身篇に「夫驥一日而千里、駑馬十駕則亦及之矣(夫れ驥は一日にして千里、駑馬も十たび駕すれば則ち亦た之に及ぶ)」と。両句は、「道遠し」という困難が現れて始めて「驥」の駿足が認知され、世間に偽りがはびこって始めて賢者の存在が浮き彫りになることをいう。なお、この後に八字を欠く。余説を参照。
○覆之幬之 聖人の徳が広く天地を覆うことをいう。『礼記』中庸に、堯・舜や周の文王・武王を模範とする孔子の徳を、「辟如天地之無不持載、無不覆幬(辟ふれば天地の持載せざるは無く、覆幬せざるは無きが如し)」と形容するのを踏まえる。
○順天之矩 天の定めた規範に従う。『春秋左氏伝』文公十五年に「礼以順天、天之道也(礼は以て天に順ふ、天の道なり)」と。
○沢如凱風、恵如時雨 「凱風」は、南から吹いてくる風。『毛詩』邶風「凱風」に「凱風自南、吹我棘心(凱風 南自りし、我が棘心を吹く)」、毛伝に「南風謂之凱風(南風 之を凱風と謂ふ)」と。「時雨」は、時宜に適った恵みの雨。類似する対句が、「上責躬応詔詩表」(04-19-0)に「施暢春風、沢如時雨(施しは春風のごとく暢び、沢は時雨の如し)」と見えている。
○口為禁闥、舌為発機 「禁闥」は、宮中の小門。「発機」は、弓矢を放つ仕掛け。二句は、『説苑』談叢篇にいう「口者関也、舌者機也。出言不当、四馬不能追也(口は関なり、舌は機なり。言を出だして不当なれば、四馬も追ふ能はざるなり)」を踏まえる。
○門機之関、楛矢不追 「門機」は、直前にいう「禁闥」「発機」を受ける。「関」は、「門機」の要となる部分が発動することか。張溥本は、「闓(ひらく)」に改める。「楛矢」は、楛という木で作った高品質の弓矢。その昔、北方異民族の粛慎氏が献上したことで知られる。『国語』巻五・魯語下に、「昔武王克商、通道于九夷百蛮、使各以其方賄来貢、使無忘職業。於是粛慎氏貢楛矢石砮、其長尺有咫(昔 武王 商に克ち、道を九夷百蛮に通じて、各 其の方賄を以て来貢せしめ、職業を忘るること無からしむ。是に於いて粛慎氏は楛矢石砮の、其の長さ尺有咫なるを貢ぐ)」と。

【余説】
『文選』巻三十六、任昉「宣徳皇后令」の李善注に、「曹植矯志詩」と題して佚句「仁虎匿爪、神竜隠鱗(仁虎は爪を匿し、神竜は鱗を隠す)」を引く。黄節(『曹子建詩註』巻一)は、この二句を「道遠知驥、世偽知賢」に続く句と見ている。『広韻』によれば、賢は下平声先韻、鱗は上平声真韻。先・真は古詩通押。黄節は、同様の通押例として「当欲遊南山行」(05-33)を挙げている。