05-01 箜篌引 附晋楽

05-01 箜篌引 附晋楽  箜篌引 晋楽を附す

【解題】
「箜篌」は弦楽器の名称。漢の武帝が南越を平らげたことを慶賀する祭祀のために作られた(『漢書』巻二十五上・郊祀志上)。「坎侯」とも記される。この楽器名は、楽人の侯調が、琴にあわせて坎坎とリズムを取りつつ演奏したことに由来する(応劭『風俗通義』声音)。「引」は、楽曲の意(『文選』巻十八、馬融「長笛賦」・嵆康「琴賦」の李善注)。『文選』巻二十七所収。『藝文類聚』巻四十二にも本詩の一部を引く。

置酒高殿上  置酒す 高殿の上、
親友従我遊  親友 我に従ひて遊ぶ。
中厨辦豊膳  中厨 豊膳を辦(ととの)へ、
烹羊宰肥牛  羊を烹(に)て肥牛を宰(さ)く。
秦箏何慷慨  秦箏 何ぞ慷慨たる、
斉瑟和且柔  斉瑟 和にして且つ柔なり。
陽阿奏奇舞  陽阿 奇舞を奏し、
京洛出名謳  京洛 名謳を出す。
楽飲過三爵  楽しみ飲みて三爵を過ぎ、
緩帯傾庶羞  帯を緩めて庶羞を傾く。
主称千金寿  主は称す 千金の寿、
賓奉万年酬  賓は奉ず 万年の酬。
久要不可忘  久要 忘る可からず、
薄終義所尤  終はりに薄きは義の尤(とが)むる所なり。
謙謙君子徳  謙謙たる君子の徳、
磬折欲何求  磬折して何をか求めんと欲する。
驚風飄白日  驚風 白日を飄(ひるがへ)し、
光景馳西流  光景 馳せて西に流る。
盛時不可再  盛時 再びす可からず、
百年忽我遒  百年 忽(たちま)ち我に遒(をは)る。
生存華屋処  生存しては華屋に処るも、
零落帰山丘  零落しては山丘に帰る。
先民誰不死  先民 誰か死せざらん、
知命復何憂  命を知らば復た何をか憂へん。

【通釈】
立派な御殿の上に酒席を設け、親しい友人たちが私に従って游宴する。厨房の中では料理人たちが豊かな膳を準備して、羊肉を煮、肥えた牛をさばいている。秦の筝はなんと激しい感情を歌い上げていることか。一方、斉の瑟は和やかで柔らかな音色を奏でている。陽阿からは素晴らしい舞が献上され、洛陽の都からは名人の歌が選び出される。楽しみを尽くして重ねた酒杯は三酌を超え、帯を緩めて多彩な美味の皿を平らげる。主人は賓客に千金を以て長寿を慶賀し、客は主人に万年の繁栄を称えて返杯を奉る。昔の約束は決して忘れてはならないし、最後になって薄情な待遇をすることは、義として咎められるべきことだ。謙譲は君子の美徳ではあるけれど、磬のごとく腰を折り曲げて何を求めようとするのか。突風が白く輝く太陽を翻し、時の光は西方へ飛び去ってゆく。意気盛んな時は再び巡ってくるはずもなく、百年という時はあっという間に私の中で尽きてしまう。生きている間は華やかな御殿で過ごしても、死んでしまえば小高い山(墳墓)へ帰っていくのだ。先人で誰が死ななかった者がいよう。天から授けられた運命を知れば、いったい何を憂えることがあろうか。

【語釈】
○置酒 親しい人々をもてなすために酒宴を設ける。『漢書』巻一下・高帝紀下に、漢の高祖劉邦が故郷の沛に立ち寄って「置酒沛宮、悉召故人父老子弟佐酒(沛宮に置酒し、悉く故人父老子弟を召して酒を佐(すす)む)」と。
○従我遊 自分というリーダーに付き従う。前掲『漢書』高帝紀下に引く高祖の詔に、「賢士大夫有肯従我游者、吾能尊顕之(賢士大夫に肯(あ)へて我に従ひて游ばんとする者有らば、吾は能く之を尊顕せん)」と。
○中厨辦豊膳 「中厨」は、厨房の中。一句に似た句が、巻四「贈丁廙」に「嘉賓填城闕、豊膳出中厨(嘉賓 城闕を填め、豊膳 中厨より出づ)」と見える。
○秦箏 秦国の蒙恬に由来すると言われる五弦の楽器(『風俗通』声音篇)。
○慷慨 意気盛んなこと。双声語。
○斉瑟 斉国で華やかに演奏される大型の琴。『史記』巻六十九・蘇秦列伝、斉の宣王に対する蘇秦の説得に、斉国臨菑の人々の、竽・瑟・琴・筑を演奏し、闘鶏走狗、六博蹋鞠に打ち興じる豊かな暮らしぶりが言及されている。前句の「秦箏」とともに、前掲「贈丁廙」にも「秦箏発西気、斉瑟揚東謳(秦箏は西気を発し、斉瑟は東謳を揚ぐ)」と見える。
○陽阿奏奇舞 「陽阿」は、漢代の上党郡に属する県(『漢書』巻二十八上・地理志上)。今の山西省陽城県の北西に位置する。一句は、前漢末の成帝に寵愛された趙飛燕が、陽阿公主のもとで歌舞を習ったこと(『漢書』巻九十七下・外戚伝下)、後漢の傅毅「舞賦」(『文選』巻十七)に「激楚結風陽阿之舞、材人之窮観、天下之至妙(激楚・結風。陽阿の舞は、材人の窮観、天下の至妙なり)」と見えていることなどを想起させる。
○京洛 洛陽の別称。東周・後漢王朝がこの地に都を置いたことに由来する。
○楽飲過三爵 『礼記』玉藻にいう「君主之飲酒也、受一爵而色洒如也。二爵而言言斯。礼已三爵而油油以退(君主の酒を飲むや、一爵を受けて色は洒如たるなり。二爵にして言言たるのみ。礼として三爵に已(や)みて油油として以て退く)」を踏まえ、無礼講での飲酒をいう。これと同一の句が、巻五「大魏篇(鼙舞歌)」にも「楽飲過三爵、朱顔暴已形(楽しみ飲みて三爵を過ぎ、朱顔 暴(にはか)に已て形(あらは)る)」と見えている。
○庶羞 たくさんの豪華な料理。『儀礼』公食大夫礼に「上大夫庶羞二十、加於下大夫、以雉兔鶉鴽(上大夫は庶羞二十、下大夫に加ふるに、雉兔鶉鴽を以てす)」と。
○主称千金寿 主から賓客に向けられた祝辞をいう。『史記』巻八十三・魯仲連列伝に、趙の平原君が魯仲連を封じようとして宴席を設け、「酒酣起前、以千金為魯連寿(酒酣にして起ちて前(すす)み、千金を以て魯連の寿を為す)」とあるのを踏まえる。
○賓奉万年酬 客から主に向けての返礼をいう。たとえば『毛詩』大雅「既酔」に「君子万年、永錫祚胤(君子万年、永(とこしへ)に祚胤を錫はらん)」と。
○久要不可忘 『論語』憲問にいう「見利思義、見危授命、久要不忘平生之言、亦可以為成人矣(利を見て義を思ひ、危を見て命を授け、久要 平生の言を忘れざる、亦た以て成人と為す可し)」を踏まえる。「久要」は、旧い約束をいう(『論語』何晏「集解」に引く孔安国「訓解」)。
○薄終 交遊の最終局面で薄情になることをいう。『列子』力命に、管仲の隰朋への対し方を述べて、「厚之於始、或薄之於終(始めに厚く、或いは終はりに薄し)」というのを用いる。
○謙謙君子徳 『易』謙卦・初六の象伝にいう、「謙謙君子、卑以自牧也(謙謙たる君子、卑以て自ら牧(やしな)ふなり)」を踏まえる。
○磬折欲何求 「磬折」は、楽器の磬のように腰を折って恭順の姿勢を取ること。『文選』李善注に引く『尚書大伝』に、「諸侯来、受命周公、莫不磬折(諸侯来りて、命を周公に受け、磬折せざるは莫し)」と。「欲何求」、底本は「何所求」に作る。今『文選』に従って改める。
○驚風飄白日 同一句が、巻四「贈徐幹」に、「驚風飄白日、忽然帰西山(驚風 白日を飄し、忽然として西山に帰る)」と見えている。
○不可再 底本は「不再来」に作る。今『文選』に従って改める。「不可」は、不可能、あり得ないの意。
○百年 当時、人の生涯は百年を基準に捉えられていた。たとえば、『文選』巻二十九「古詩十九首」其十五に「生年不満百、常懐千歳憂(生年 百に満たざるに、常に千歳の憂へを懐く)」と。
○華屋 豪華な家屋。用例として、前掲の傅毅「舞賦」に「朱火曄其延起兮、燿華屋而熺洞房(朱火 曄きて其れ延び起こり、華屋を燿(てら)して洞房を熺(あたた)む)」と。
○零落帰山丘 『文選』李善注に引く「古董逃行」に、「年命冉冉我遒、零落下帰山丘(年命は冉冉として我に遒(をは)り、零落して下りて山丘に帰る)」とあるのを踏まえる。
○誰不死 『春秋左氏伝』昭公二年、命乞いをする公孫黒に子産が言った、「人誰不死(人 誰か死せざらん)」という語を用いる。
○知命復何憂 『易』繋辞伝上にいう「楽天知命、故不憂(天を楽しみ命を知る、故に憂へず)」を踏まえる。「復」は、反問の語気を表す副詞。

【余説】
『宋書』巻二十一・楽志三は、本詩を大曲「野田黄雀行・置酒」として収載し、楽府題の下に「空侯引亦用此曲(「空侯引」は亦た此の曲を用ゐる)」と記す。『楽府詩集』巻三十九は、これを瑟調曲として収載し、「右一曲、晋楽所奏」と付記する。今、『宋書』楽志三に拠ってその歌辞を示せば次のとおり。前掲「箜篌引」との間に問題となる辞句の異同はないが、「驚風飄白日、光景馳西流」と「盛時不再来、百年忽我遒」とが入れ替わっているという違いが認められる。

置酒高殿上、親交従我遊。中厨辦豊膳、烹羊宰肥牛。秦箏何慷慨、斉瑟和且柔。一解
陽阿奏奇舞、京洛出名謳。楽飲過三爵、緩帯傾庶羞。主称千金寿、賓奉万年酬。二解
久要不可忘、薄終義所尤。謙謙君子徳、磬折欲何求。盛時不再来、百年忽我遒。三解
驚風飄白日、光景馳西流。生存華屋処、零落帰山丘。先民誰不死、知命復何憂。四解

別に、『楽府詩集』巻四十に引く王僧虔「技録」には、「門有車馬客行、歌東阿王置酒一篇(「門有車馬客行」は、東阿王の「置酒」一篇を歌ふ)」とある。