05-06 仙人篇
05-06 仙人篇 仙人篇
【解題】
鬱屈した境遇の中で、現実から遠くかけ離れた仙界への憧憬を詠じた楽府詩。『藝文類聚』巻四十二、『楽府詩集』巻六十四所収。
仙人攬六箸 仙人 六箸を攬(と)り、
対博太山隅 対博す 太山の隅。
湘娥撫琴瑟 湘娥は琴瑟を撫(う)ち、
秦女吹笙竽 秦女は笙竽を吹く。
玉樽盈桂酒 玉樽に桂酒盈(み)ち、
河伯献神魚 河伯は神魚を献ず。
四海一何局 四海 一に何じ局(せま)き、
九州安所如 九州 安(いづ)くにか如(ゆ)く所ぞ。
韓終与王喬 韓終と王喬と、
要我於天衢 我を天衢に要(むか)ふ。
万里不足歩 万里 歩むに足らず、
軽挙凌太虚 軽挙して太虚を凌(しの)ぐ。
飛騰踰景雲 飛騰して景雲を踰え、
高風吹我躯 高風 我が躯を吹く。
迴駕過紫微 駕を迴(めぐ)らして紫微に過ぎり、
与帝合霊符 帝と霊符を合す。
閶闔正嵯峨 閶闔 正に嵯峨たり、
双闕万丈餘 双闕 万丈餘りなり。
玉樹扶道生 玉樹 道に扶(そ)ひて生じ、
白虎夾門樞 白虎 門樞を夾む。
駆風遊四海 風を駆りて四海に遊び、
東過王母廬 東のかた王母の廬を過(よぎ)る。
俯観五岳間 俯して五岳の間を観るに、
人生如寄居 人生は居を寄するが如し。
潜光養羽翼 光を潜めて羽翼を養ひ、
進趨且徐徐 進趨 且(しばら)く徐徐たらん。
不見軒轅氏 見ずや 軒轅氏の、
乗竜出鼎湖 竜に乗りて鼎湖を出づるを。
徘徊九天上 九天の上に徘徊し、
与爾長相須 爾と長く相須(ま)たん、と。
【通釈】
仙人は六箸を手に取って、泰山の一隅で、向かい合ってすごろくに打ち興じている。湘水の女神、娥皇と女英は琴瑟をかき鳴らし、秦の繆公の娘、弄玉は笙竽を吹奏する。玉づくりの樽には桂の香り立つ酒が満ち、河伯は神聖なる魚を献上する。四海はまったくなんと狭苦しいことか。中国全土九州の、どこに向かうべきところがあるだろう。不死の薬を探し求めた韓終と、昇仙した王子喬とが、私を天空の大通りに迎えてくれた。万里の道のりなど歩むに足らず。軽やかに昇天して、大いなる虚空を超えてゆく。勢いよく飛翔して、光り輝くめでたい雲を踏み越えて、高いところを吹く風が私の身体を運んでゆく。馬車を廻らして紫微宮に立ち寄り、天帝と霊なる割符を合わせよう。天上界の門はまさしく険しく聳え立ち、門上に建つ一対の楼閣は、高さ一万丈余りである。玉樹は道に寄り添って生じ、白虎は門を挟んで鎮座している。風を駆って四海に遊び、東方へ向かって西王母の住まいに立ち寄ろう。うつむいて東西南北中央に聳える五岳の間を眺めれば、人の一生はまるでこの世に仮住まいするようなものだと感じる。輝きを隠し、羽翼を休ませて元気を養い、しばらくは立ち居振る舞いを緩やかに控えよう。見よ、軒轅氏が、竜に乗って鼎湖から飛び立った。遥かな上空、九天の上を行きつ戻りつしながら、君のことをいつまでも待っているよ、と告げて。
【語釈】
○六箸 古代のボードゲームに用いる道具。『説文解字』五篇上、竹部に「簙、局戯也。六箸十二棊也(簙は、局戯なり。六箸に十二棊なり)」と。「箸」字、底本は「著」に作る。今、『藝文類聚』巻四十二によって改める。
○対博太山隅 「対博」は、向かい合ってすごろくに打ち興じる、と取っておく。「太山」は、泰山に同じ。泰山は、山東省中部にある山。五岳のひとつで、皇帝が封禅(天地を祭る儀式)を行う場であり、仙人たちの棲む場所でもある。曹操「気出倡・駕六竜」(『宋書』巻二十一・楽志三)に、「行四海外、東到泰山。仙人玉女、下来翺遊(四海の外を行き、東のかた泰山に到る。仙人玉女、下り来りて翺遊す)」と。
○湘娥 堯の娘で、舜の后妃となった娥皇と女英。舜の没後、湘江に没して神となった。『楚辞』九歌「湘夫人」にいう「帝子降兮北渚(帝子は北の渚に降る)」の王逸注に、「堯二女娥皇女英、随舜不反、没於湘水之渚、因為湘夫人(堯の二女 娥皇と女英とは、舜の反らざるに随ひて、湘水の渚に没し、因りて湘夫人と為る)」と。
○秦女 秦の穆公の娘、弄玉。簫の名手である蕭史の妻となり、鳳の鳴き声を吹奏することを教わった。後に夫婦とも鳳凰に従って昇仙した(劉向『列仙伝』巻上)。
○桂酒 桂の樹皮(シナモン)で香り付けした酒。『楚辞』九歌「東皇太一」に「奠桂酒兮椒漿(桂酒と椒漿とを奠(たてまつ)る)」、王逸注に「桂酒、切桂置酒中也(桂酒とは、桂を切りて酒の中に置くなり)」と。
○河伯献神魚 「河伯」は、河の神。顧炎武『日知録』巻二十五、河伯の条に諸説を紹介する。『楚辞』九歌にも「河伯」と題する一篇がある。類似句が、「古艶詩」(『太平御覧』巻五三九)に「天公出美酒、河伯出鯉魚(天公は美酒を出だし、河伯は鯉魚を出だす)」と。
○四海 中国を取り囲む東西南北四方の海。敷衍して天下をいう。
○九州 古代、中国を分割した九つの州の総称。敷衍して中国全土をいう。
○韓終 秦の始皇帝の命を受けて、仙人の不死の薬を求めた方士(『史記』巻六・秦始皇本紀)。
○王喬 仙人の王子喬。すなわち周の霊王の太子晋。笙の吹奏を好んで鳳凰の鳴き声を模し、道士の浮丘公について嵩山に昇って登仙した(劉向『列仙伝』巻上)。
○天衢 天空を縦横に走る道。『易』大畜、上九の爻辞に「何天之衢、亨(何ぞ天の衢や、亨るかな)」と見えている。
○軽挙 軽やかに昇天して仙人となる。『漢書』巻二十五下・郊祀志下に、谷永が仙術の欺瞞性を述べたくだりに「世有僊人、服食不終之薬、遥興軽挙、登遐倒景(世に僊人なる有り、不終の薬を服食し、遥かに興りて軽挙し、登遐して景を倒ず)」と。
○太虚 大いなる虚空。天空をいう。
○景雲 光り輝くめでたい雲。慶雲に同じ。『史記』巻二十七・天官書に「若煙非煙、若雲非雲、郁郁紛紛、蕭索輪囷、是謂慶雲。慶雲見、喜気也(煙の若くして煙に非ず、雲の若くして雲に非ず、郁郁紛紛、蕭索輪囷とせる、是れ慶雲と謂ふ。慶雲見はるるは、喜びの気なり)」、『礼斗威儀』(『太平御覧』巻八七二)に「景雲、景明也。言雲気光明也(景雲は、景明なり。言ふこころは雲気の光明なるなり)」と。
○迴駕過紫微 「紫微」は、天帝の居所である北極星を取り囲む星座群。『史記』天官書に「中宮。天極星、其一明者、太一常居也。旁三星三公、或曰子屬。後句四星、末大星正妃、餘三星後宮之屬也。環之匡衞十二星、藩臣。皆曰紫宮(中宮。天極星、其の一の明るき者は、太一の常に居るなり。旁の三星は三公、或いは曰く、子の屬なりと。後の句(まが)れる四星、末の大星は正妃、餘れる三星は後宮の屬なり。之を環して匡衞せる十二星は、藩臣。皆紫宮と曰ふ)」。「紫微」は「紫宮」に同じ。「過」字、底本は「観」に作る。今、『藝文類聚』によって改める。
○与帝合霊符 「帝」は天帝。「符」は割符。天帝と交わした割符であるから「霊」と形容される。『論語比考讖』(『文選』巻四十七、袁宏「三国名臣序賛」李善注等に引く)に、「君子上達、与天合符(君子 上達せば、天と符を合す)」と。
○閶闔正嵯峨、「閶闔」は、天門。『楚辞』離騒に「吾令帝閽開関、倚閶闔而望予(吾は帝が閽をして関を開かしめんとするに、閶闔に倚りて予を望む)」、王逸注に「閶闔、天門也」と。「嵯峨」は、高くけわしく聳え立つさま。畳韻語。
○双闕万丈餘 「双闕」は、宮殿の門の上に設けられた一対の楼閣。一句は、『文選』巻二十九「古詩十九首」其三にいう「両宮遥相望、双闕百餘尺(両宮 遥かに相望み、双闕 百餘尺)」を響かせているかもしれない。
○玉樹扶道生・白虎夾門樞 「玉樹」は、崑崙虚の上の西方に植わっている樹木(『淮南子』地形訓)。「白虎」は、西方を守る神獣(『淮南子』天文訓)。「門樞」は、門を開閉させる回転軸の部分。敷衍して門をいう。前掲注に示した「古艶詩」(『太平御覧』巻五三九)の続きに、「青竜前鋪席、白虎持榼壷(青竜は鋪席に前(すす)みで、白虎は榼壷を持つ)」と。両句に類似する表現として、古楽府「隴西行」(『玉台新詠』巻一)に「桂樹夾道生、青竜対道隅(桂樹は道を夾みて生じ、青竜は道隅に対す)」と。「隴西行」には「門枢」の語も見えている。
○東過王母廬 「王母廬」は、西王母のすまい。西王母は、崑崙山に住むという、仙界の女神。『穆天子伝』巻三に、「天子觴西王母瑶池之上(天子は西王母に瑶池の上に觴す)」、瑶池は、崑崙山の上にある池(『史記』巻一二三・大宛列伝論)。ここで「東過」というのは、本詩の主人公が崑崙山よりも更に西方に遊んでいたことを示すか。
○五岳 五方に位置する高山。諸説あるが、今は『史記』巻二十八・封禅書に従って、東は泰山、西は華山、南は衡山、北は恒山、中央は嵩山としておく。
○人生如寄居 類似表現として、『文選』巻二十九「古詩十九首」其二に「人生寄一世、奄忽若飆塵(人生 一世に寄るや、奄忽たること飆塵の若し)」、其十三に「人生忽如寄、寿無金石固(人生 忽として寄るが如く、寿に金石の固き無し)」と。
○潜光 輝かしさを隠して、現世から退却する。
○進趨且徐徐 「進趨」は、ふるまい。「且」は、まあとりあえずは。「徐徐」は、ゆるやかなさま。
○不見軒轅氏・乗竜出鼎湖 「軒轅氏」は、伝説上の皇帝、黄帝の名(『史記』巻一・五帝本紀)。黄帝は、荊山の麓で鋳造していた鼎が完成すると、迎えに来た竜に騎乗して昇天し、その場所は、後に鼎湖と呼ばれるようになった(『史記』巻二十八・封禅書)。
○徘徊 行きつ戻りつする。畳韻語。
○九天 九層を為す高い天空。九重天に同じ。『淮南子』天文訓に「天有九重」と。揚雄『太玄経』太玄数には、中天、羨天、従天、更天、睟天、廓天、減天、沈天、成天の九つを挙げる。
○与爾長相須 「爾」は、対等の関係にある人に呼び掛ける場合の二人称。柳川順子『漢代五言詩歌史の研究』(創文社、二〇一三年)四二八頁を参照されたい。「相須」は、相手を待つ。ここでは、昇仙していく「軒轅氏」が、「光を潜めて羽翼を養う」者に呼び掛けているのだと捉えておく。