05-07-2 妾薄命 二首(2)

05-07-2 妾薄命 二首 其二  妾は薄命なり 二首 其の二

【解題】
[05-07-1 妾薄命 二首 其一]を参照。其の二は、『藝文類聚』巻四十一、『楽府詩集』巻六十二のほか、『玉台新詠』巻九にも収載する。

日既逝矣西蔵  日は既に逝きて西に蔵(かく)れ、
更会蘭室洞房  更に蘭室の洞房に会す。
華灯歩障舒光  華灯 歩障に光を舒べ、
皎若日出扶桑  皎として日の扶桑より出づるが若(ごと)し。
促樽合座行觴」 樽を促し座を合せて觴を行(や)る。
主人起舞娑盤  主人は起ちて舞ふこと娑盤たり、
能者宂触別端  能者は宂にして別端に触る。
騰觚飛爵闌干  觚を騰(あ)げ爵を飛ばして闌干たり、
同量等色斉顔  量を同じくし色を等しくし顔を斉しくす。
任意交属所歓  意に任せて交〻歓ぶ所に属(そそ)ぎ、
朱顔発外形蘭」 朱顔 外に発して 形は蘭なり。
袖随礼容極情  袖は礼容に随ひて情を極め、
妙舞仙仙体軽  妙舞 仙仙として体軽し。
裳解履遺絶纓  裳は解け履は遺(のこ)りて纓を絶ち、
俛仰笑喧無呈」 俛仰し笑喧して呈無し。
覧持佳人玉顔  佳人の玉顔を覧持し、
斉挙金爵翠盤  斉しく金爵翠盤を挙ぐ。
手形羅袖良難  手の羅袖より形(あらは)るること良に難く、
腕弱不勝珠環  腕は弱くして珠環に勝(た)へず。
坐者歎息舒顔」 坐する者は歎息して顔を舒ぶ。
御巾裛粉君旁  巾を御し粉を裛(まと)ふ 君が旁、
中有霍納都梁  中に有り 霍納 都梁、
鶏舌五味雑香  鶏舌 五味 香を雑(ま)じふ。
進者何人斉姜  進む者は何人ぞ 斉姜なり、
恩重愛深難忘」 恩は重く愛は深く 忘れ難し。
召延親好宴私  親好を召延して宴私し、
但歌杯来何遅  但歌す 杯の来ること何ぞ遅きと。
客賦既酔言帰  客は賦す 既に酔ひて言(ここ)に帰らんと、
主人称露未晞」 主人は称す 露は未だ晞(かわ)かずと。

【通釈】
白日がすっかり過ぎ去って西に隠れると、今度は蘭香の芳しい奥まった部屋に集う。華やかな灯が、宴席を囲んで長く連なるとばりに光を伸ばし、白く輝くさまは、まるで扶桑の木から昇ってきた太陽のようだ。酒樽を引き寄せ、座席を詰めて、杯を回す。
主人は起き上がってひらりひらりと舞を舞う。舞い上手の者たちは手持無沙汰で、楽器に手を触れたりなどしている。大ぶりの杯を高く掲げて盛んに酒を酌み交わし、同じ量の酒を飲み、皆が同じような色に頬を染めている。気の向くままにかわるがわる気に入りの者の杯に酒を注げば、紅色のさしたかんばせは輝きを放ち、匂い立つような風情だ。
袖は礼節ある舞いの動きに沿いつつも高まる情感をこめて、妙なる舞いはひらりひらりと身のこなしも軽やかだ。そのうち、裳裾はほどけ、履物は放り出されて、冠のひもを断ち切らんばかりの狼藉となり、顔を伏せたり仰いだり、埒もなく笑い転げる。
美しい人の玉のかんばせを持ちあげ、一斉に金の杯や翠の皿を掲げる。手が薄物の袖から現れることはめったにないことで、その腕は柔弱で真珠を連ねた腕輪にも耐えられない風情だ。居合わせた人々はうっとりと嘆息して顔をほころばせる。
手巾や白粉を身につけて君主の傍らにお仕えし、その白粉の中には、霍納・都梁・鶏舌・五味など、様々な香りが入り混じっている。君主の前に進み出た者は誰かと言えば、かの大国斉の名家、姜氏の娘である。彼女が受けた深い恩愛は忘れがたいものであった。
親密な人々を招いて水入らずの宴を催し、杯はまだ回ってこないかと件の歌をひたすらに歌う。客が「もうすっかり酔いました。さて帰りましょう」と詠ずれば、主人は唱える。「いや、まだ露はかわいていませんよ。」

【語釈】
○日既逝矣 底本は「日月既逝」に作る。『論語』陽貨にいう「日月逝矣、歳不我与(日月は逝き、歳は我と与(とも)にせず)」に引きずられたか。今、『藝文類聚』に従って改める。
○蘭室洞房 蘭の香りが芳しい、美女のいる、奥まった部屋。『楚辞』招魂に「蘭膏明燭、華容備些(蘭膏の明燭、華容備はれり)」「姱容修態、絚洞房些(姱容修態、洞房に絚(わた)れり)」と。
○華灯歩障舒光 「華灯」は、夜の宴席を照らす華やかな灯。『楚辞』招魂に「蘭膏明燭、華鐙錯些(蘭膏の明燭、華鐙錯はれり)」と。「灯(燈)」は「鐙」に通ず。「歩」は、長いの意。『楚辞』大招にいう「曲屋歩壛」の王逸注に「歩壛とは、長き砌なり」と。「障」は、衝立。
○皎若日出扶桑 「扶桑」は、東方の海中にある伝説上の木。太陽はここから昇るという。『楚辞』九歌「東君」に「暾将出兮東方、照吾檻兮扶桑(暾として将に東方に出でんとして、吾が檻を扶桑より照らす)」と。なお、「華灯」から「扶桑」に至る二句は、宋玉「神女賦」(『文選』巻十九)にいう「其始来也、耀乎若白日初出照屋梁、其少進也、皎若明月舒其光(其の始めて来たるや、耀乎として白日の初めて出でて屋梁を照らすが若く、其の少しく進むや、皎たること明月の其の光を舒ぶるが若し)」を念頭に置いている可能性がある。
○促樽合座 「促」は、近くに引き寄せる。類似表現として、『史記』巻一二六・滑稽列伝に「日暮酒闌、合尊促坐、男女同席、履舄交錯(日暮れて酒闌となれば、尊を合し坐を促し、男女席を同じうし、履舄交錯す)」と。
○行觴 酒杯を回す。
○娑盤 舞踊するさま。『毛詩』陳風「東門之枌」に「子仲之子、婆娑其下(子仲の子、其の下に婆娑たり)」、毛伝に「婆娑、舞也(婆娑は、舞ふなり)」と。「盤」は「媻」と同音、「媻」は「婆」と声母が同じ、「婆娑」の上下を入れ替えて「娑婆」、よって、「娑盤」は「婆娑」に通ず。
○能者宂触別端 一句は難解とされているが、伊藤正文『曹植(中国詩人選集3)』(岩波書店、一九五八年)一九五頁の解釈を最も妥当と判断し、これに従う。「宂」は、手持無沙汰の意。底本が「穴」に作るのは、おそらくは字形の類似による誤り。今、宋本『曹子建文集』巻六に拠って改める。「触別端」とは、別の技芸などに触れてみる、たとえば楽器を手に取ってみるようなことをいうか。
○騰觚飛爵闌干 「騰」は、送る、あるいは高く挙げる。『儀礼』燕礼に「媵觚于賓(觚を賓に媵す)」、鄭玄注に「媵、送也。読或為揚。揚、挙也。……今文、媵皆作騰(媵は、送るなり。読みて或いは揚と為す。揚は、挙ぐるなり。……今文は、媵を皆騰に作る)」と。また、同書同篇に「小臣又請媵爵(小臣又爵を媵せんことを請ふ)」との用例も見える。「觚」「爵」は、いずれも大ぶりの酒杯。『礼記』礼器の鄭玄注に「凡觴一升曰爵、二升曰觚(凡そ觴の一升を爵と曰ひ、二升を觚と曰ふ)」と。「闌干」は、縦横に入り乱れるさま。畳韻語。一句は、傅毅「舞賦」(『文選』巻十七)にいう「騰觚爵之斟酌兮(觚爵を騰げて斟酌す)」を意識しているか。
○属 杯に酒を注ぎ、勧める。『後漢書』巻六十下・蔡邕伝に「酒酣、智起舞属邕、邕不為報(酒酣となりて、(王)智は起ちて舞ひ邕に属するも、邕は報を為さず)」、李賢等の注に「属、猶勧也。音燭(属は、猶ほ勧むるなり。音は燭)」と。
○所歓 接していて嬉しくなる人。好きな人。「西門行」(『楽府詩集』巻三十七)に、「醸美酒、炙肥牛、請呼心所歓、可用解愁憂(美酒を醸し、肥牛を炙り、請ふ 心の歓ぶ所を呼びて、用て愁憂を解く可し)」と。
○朱顔発外形蘭 「朱顔」は、酔って紅色に染まった美女の顔。『楚辞』招魂に「美人既酔、朱顔酡些(美人既に酔ひて、朱顔酡(あか)らむ)」と。「発外」は、輝きが外に現れ出ることをいう。「形蘭」については、美女の容姿を芳しい蘭の花に喩えた例として、魏の程暁「女典」(『藝文類聚』巻二十三)が、「麗色妖容、高才美辞」にして「城を傾け」「国を乱す」者を、「蘭形棘心、玉曜瓦質」と表現している。
○袖随礼容極情 「礼容」は、礼に適った立ち居ふるまい。「極情」は、極限まで感情を高ぶらせる。『楚辞』招魂に「人有所極(人に極むる所有り)」、王逸注に「衆坐之人、各欲尽情(衆坐の人、各〻情を尽くさんと欲す)」と。一句は、舞姫の袖がその節度ある容態に沿いつつ、そこに有り余る感情がこもっていることを言うか。黄節は、「随」を「隋」の誤りかと推測し、「隋」は「惰」に通じることから、「袖随」は、舞が終わり、袖がだらりと垂れることをいうと捉える(『曹子建詩註』巻二)。
○妙舞仙仙 宴席でひらりひらりと舞い踊るさま。『毛詩』小雅「賓之初筵」にいう「其未酔止、威儀反反、曰既酔止、威儀幡幡、舎其坐遷、屢舞僊僊(其の未だ酔はざる、威儀反反たり、曰(ここ)に既に酔へば、威儀幡幡たり、其の坐を舎てて遷り、屢(しばしば)舞ふこと僊僊たり)」と。「仙仙」は「僊僊」に同じ。
○裳解履遺絶纓 男女が入り乱れて歓楽を尽くす宴席の有様をいう。前掲の『史記』滑稽列伝に、宴席の有様を「男女同席、履舄交錯(男女席を同じうし、履舄交錯す)」「羅襦襟解、微聞薌沢(羅襦襟は解け、微かに薌沢を聞く)」と。また、淳于髠の放埓さを描写して「仰天大笑、冠纓索絶(仰天して大いに笑ひ、冠纓は索絶す)」とある。
○無呈 節度・限度がない。「呈」は、「程」に通ず。
○覧持 手に取る。「覧」は、「攬」に通ず。
○御巾裛粉 「御」は、身につける。蔡邕『独断』巻上に、「御者進也。凡衣服加於身、飲食入於口、妃妾接寝、皆曰御(御とは進むるなり。凡そ衣服の身に加へ、飲食の口に入れ、妃妾の寝に接するは、皆御と曰ふ)」と。「巾」は、ハンカチのようなものか。類似表現として、張衡「同声歌」(『玉台新詠』巻一)に「衣解巾粉御(衣をば解きて巾粉をば御す)」と。鈴木虎雄訳解『玉台新詠』(岩波文庫、一九五六年)は、「巾粉」を「巾は寝るときかぶる頭巾、粉はおしろい」とする。
○霍納・都梁・鶏舌・五味 すべて香草の名。「霍納」は「藿蒳」に同じ。『文選』巻五、左思「呉都賦」に「草則藿蒳豆蔻(草は則ち藿蒳・豆蔻)」、李善注に引く『異物志』に「藿香、交趾有之(藿香は、交趾に之れ有り)」と。「都梁」は、零陵郡都梁県西の水辺に生じる蘭草(『水経注』巻三十八、資水)。「鶏舌」は、『初学記』巻十二に引く応劭『漢官儀』に、老侍中に下賜された、口に含む香として記されている。「五味」は、『爾雅』釈草にいう「菋、荎蕏(菋は、荎蕏なり)」の郭璞注に、「五味也。蔓生、子叢在茎頭(五味なり。蔓生し、子叢 茎頭に在り)」とある。
○雑香 様々な種類の香草を混ぜ合わせる。上の「霍納」「都梁」「鶏舌」「五味」を受けていう。
○斉姜 大国の名門出身の娘。『毛詩』陳風「衡門」に「豈其取妻、必斉之姜(豈に其れ妻を取るに、必ず斉の姜ならんや)」と。
○宴私 身内の親密な宴を催す。「燕私」に同じ。『毛詩』小雅「楚茨」に「諸父兄弟、備言燕私(諸父兄弟、備に言に燕私す)」、毛伝に「燕而尽其私恩(燕して其の私恩を尽くす)」と。
○杯来何遅 ほぼ同一の句が、曹植「鼙舞歌・大魏篇」にも「杯来一何遅(杯の来ること一に何ぞ遅き)」とある。王粲「公讌詩」(『文選』巻二十)にも「合坐同所楽、但愬杯行遅(坐を合して楽しむ所を同じくし、但だ杯の行(めぐ)ることの遅きを愬(うった)ふ)」との類似句が見えることから、当時の宴席における常套句であったと推測される。前掲の伊藤正文『曹植(中国詩人選集3)』二〇〇頁を参照。
○客賦既酔言帰 「酔言帰」は、宴席を退出する際の常套句。『毛詩』魯頌「有駜」にいう「鼓咽咽、酔言帰(鼓は咽咽たり、酔ひて言に帰る)」に基づく。これを反転させた句が、前掲の王粲「公讌詩」に「不酔且無帰(酔はずんば且く帰ること無かれ)」と見える。次の句とともに、張衡「南都賦」(『文選』巻四)にいう「客賦酔言帰、主称露未晞(客は賦す 酔ひて言に帰らんと、主は称す 露は未だ晞かずと)」を踏まえる。
○主人称露未晞 「露未晞」は、宴席の主催者が客人を引き留める際の常套句。『毛詩』小雅「湛露」にいう「湛湛露斯、匪陽不晞。厭厭夜飲、不酔不帰(湛湛たる露、陽に匪ずんば晞かず。厭厭たる夜飲、酔はずんば帰らず)」に基づく。直前の句と同じく、張衡「南都賦」にいう「客賦酔言帰、主称露未晞」を踏まえる。

【余説】
「妾薄命」の佚文として、次の三条が伝わっている。
『文選』巻四、張衡「南都賦」の李善注に引くところ(古楽府「歴九秋妾薄相行」に作る。巻五、左思「呉都賦」の李善注には曹植「妾薄相行」、巻十八、嵆康「琴賦」の李善注には「古妾薄命行歌」として引くところから、曹植の「妾薄命」としておく)に、「斉謳楚舞紛紛、歌声上徹青雲(斉謳楚舞紛紛たり、歌声は上つかた青雲に徹る)」と。
『文選』巻二十八、陸機「長安有狭斜行」の李善注に引くところ(「妾薄相行」に作る)に、「輺輧飛轂交輪(輺輧は轂を飛ばし輪を交ふ)」と。
『北堂書鈔』巻一三二に引くところ(「妾薄倖行」に作る)に、「還行秋殿層楼、御輦従好仇、排玉闥椒房、丹帷楚組連綱(秋殿層楼を還行し、輦に御して好仇を従ふ。玉闥・椒房を排し、丹帷・楚組は綱を連ぬ)」と。