05-10 薤露行
05-10 薤露行 薤露行
【解題】
葬送歌「薤露」に寄せて作られた楽府詩。「薤露」は「蒿里」とともに、漢王朝草創期に反旗を翻して没した田横を悼む門人たちが歌ったとされているが、前漢武帝期の協律都尉、李延年によって、王公・貴人を送る「薤露」と、士大夫・庶民を送る「蒿里」とに分けられた(『文選』巻二十八、陸機「挽歌詩三首」の李善注に引く崔豹『古今注』)。曹植の父である曹操はこの両方に独自の歌辞を付し、その没後に成立した魏王朝において、宮廷歌曲「相和」の一角を占める「薤露」「蒿里」として歌われた。『藝文類聚』巻四十一、『楽府詩集』巻二十七にも収載。
天地無窮極 天地 窮極無く、
陰陽転相因 陰陽 転じて相因る。
人居一世間 人 一世の間に居ること、
忽若風吹塵 忽として風の塵を吹くが若し。
願得展功勤 願はくは功勤を展ぶるを得て、
輸力於明君 力を明君に輸(いた)さんことを。
懐此王佐才 此の王佐の才を懐き、
慷慨独不群 慷慨して独り群れず。
鱗介尊神竜 鱗介は神竜を尊び、
走獣宗麒麟 走獣は麒麟を宗とす。
虫獣猶知徳 虫獣すら猶ほ徳を知る、
何況於士人 何ぞ況んや士人に於いてをや。
孔氏刪詩書 孔氏 詩書を刪して、
王業粲已分 王業 粲として已に分(あき)らかなり。
騁我径寸翰 我が径寸の翰を騁せ、
流藻垂華芬 藻を流して華芬を垂れん。
【通釈】
天地は永遠に尽きることなく存在し、陰陽は連なりあって交替を繰り返す。人は一世の間に身を置いて、その忽然と終わりを迎えるさまは、風に吹かれる塵のようだ。だからこそ、どうか存分に励んで功績を上げ、力の限り明君にお仕えさせていただきたいものだ。王を補佐するにふさわしいこの才能を抱き、高ぶる感慨を胸に、群れから抜きんでた存在としてひとり立つ。江海に棲むものたちは神なる竜を尊崇し、山野を駆ける獣たちは麒麟を宗主として仰ぐものだという。爬虫や獣すら徳あるものを知っているのだから、まして学のある人間においてはなおさらだ。孔子が『詩経』や『書経』を刪定して、帝王の為すべき事業はすでに燦然と明らかである。わが直径一寸ばかりの筆を思うがままに走らせて、文藻を後世に伝え、輝かしい名声を永遠に響かせたいものだ。
【語釈】
○天地無窮極 『楚辞』遠遊にいう「惟天地之無窮兮、哀人生之長勤(天地の窮まり無きを惟ひ、人生の長く勤むるを哀しむ)」を踏まえる。類似表現として、曹植「送応氏詩二首」其二(『文選』巻二十)に「天地無終極、人命若朝霜(天地には終極無きも、人命は朝霜の若し)」と。
○人居一世間・忽若風吹塵 「古詩十九首」其四(『文選』巻二十九)にいう「人生寄一世、奄忽若飆塵(人生 一世に寄るや、奄忽たること飆塵の若し)」を踏まえる。
○輸力 力を尽くす。『春秋左氏伝』襄公二十一年に「昔陪臣書能輸力於王室、王施恵焉。(昔 陪臣たる書〈欒書〉は能く力を王室に輸(いた)し、王は焉に恵みを施す)」と。類似表現として、曹植「求自試表」(『文選』巻三十七)に「志或鬱結、欲逞才力、輸能於明君也(志或いは鬱結すれば、才力を逞しくし、能を明君に輸さんと欲するなり)」と。
○独不群 平凡な人々からひとり抜きん出る。用例として、『漢書』巻五十三・景十三王伝賛に「夫惟大雅、卓爾不群、河間献王近之矣(夫れ惟だ大雅にして、卓爾として群れざるは、河間献王 之に近し)」と。
○孔氏刪詩書・王業粲已分 孔子が周末まで雑多に伝わっていた史籍を編集し、『詩経』を三百篇に、『尚書』を百篇に刪定したこと、及びこれらが君主たるものの規範となったことは、孔安国「尚書序」(『文選』巻四十五)に見える。
○藻 水面に浮かぶ水草のように、美しい文様を描く詩文の言葉をいう。
【余説】
曹操による「薤露」(『宋書』楽志巻二十一・楽志三)は次のとおり。
惟漢二十二世 惟(こ)れ漢二十二世〈後漢の霊帝〉、
所任誠不良 任ずる所〈外戚の何進〉 誠に良からず。
沐猴而冠帯 沐猴〈サル〉にして冠帯し、
智小而謀強 智は小なるに謀は強し。
猶豫不敢断 猶豫として敢へて断ぜず、
因狩執君王 狩〈皇帝の地方巡視〉に因りて君王を執(とら)ふ。
白虹為貫日 白虹 為(ため)に日を貫き、
己亦先受殃 己も亦た先づ殃(わざはひ)を受く。
賊臣持国柄 賊臣 国柄を持し、
殺主滅宇京 主を殺して宇京を滅す。
蕩覆帝基業 帝の基業を蕩覆し、
宗廟以燔喪 宗廟は以て燔喪せらる。
播越西遷移 播越して西に遷移し、
号泣而且行 号泣して且つ行く。
瞻彼洛城郭 彼の洛城の郭を瞻(み)て、
微子為哀傷 微子〈殷の忠臣。紂王への諫言が納れられず国を去る〉 為に哀傷す。