05-15 五遊詠

05-15 五遊詠  五遊詠

【解題】
中国の内に飽き足らず、地の果てを歴遊した後に、仙界に至って永遠の生命を授けられることを詠じた楽府詩。「五遊詠」の「五」とは、地上の四方と、天上の仙界とを合わせていう(黄節『曹子建詩註』巻二)。『藝文類聚』巻七十八、『楽府詩集』巻六十四所収。

九州不足歩  九州は歩むに足らず、
願得凌雲翔  願はくは雲を凌ぎて翔るを得んことを。
逍遥八紘外  逍遥す 八紘の外、
遊目歴遐荒  目を遊ばしめて遐荒を歴たり。
披我丹霞衣  我が丹(あか)き霞の衣を披(き)て、
襲我素霓裳  我が素(しろ)き霓の裳を襲(かさ)ぬ。
華蓋芳晻藹  華蓋 芳しくして晻藹たり、
六竜仰天驤  六竜 天を仰ぎて驤(あ)がる。
曜霊未移景  曜霊 未だ景(ひかり)を移さざるに、
倏忽造昊蒼  倏忽として昊蒼に造(いた)る。
閶闔啓丹扉  閶闔 丹扉を啓き、
双闕曜朱光  双闕 朱光を曜かす。
徘徊文昌殿  徘徊す 文昌殿、
登陟太微堂  登陟す 太微堂。
上帝伏西櫺  上帝は西櫺に伏(よ)り、
群后集東廂  群后は東廂に集まる。
帯我瓊瑶佩  我が瓊瑶の佩を帯び、
漱我沆瀣漿  我が沆瀣の漿を漱(の)む。
踟蹰玩霊芝  踟蹰して霊芝を玩び、
徙倚弄華芳  徙倚して華芳を弄ぶ。
王子奉仙薬  王子は仙薬を奉じ、
羨門進奇方  羨門は奇方を進む。
服食享遐紀  服食して遐紀を享(う)け、
延寿保無疆  延寿して疆(かぎ)り無きを保つ。

【通釈】
中国全土も歩むに足らず、できることならば雲を凌駕して天がけたいものだ。天地の果てまで足を延ばして自由気ままに歩き回り、目を縦横に走らせつつ彼方に広がる辺境の地を歴遊する。わたしは我が紅色の霞の衣を羽織り、我が白い虹の裳裾を重ねている。車の傘は芳しい影を重ね、その車をひく六頭の馬は天を仰いで躍り上がる。太陽がまだ影を移さないうちから、あっという間に馬車は青天に到着した。天界の門は紅色の扉を開き、向かい合って立つ宮闕は朱色の光を輝かす。文昌殿のあたりを歩き回り、太微堂に昇れば、天帝は西の手すりに寄りかかり、諸侯たちは東の座敷に集まっている。わたしは我が美玉の佩びものを身につけ、我が夜露の飲みものをすする。足踏みしつつ霊芝をもてあそび、行きつ戻りつ芳しい華をめでる。王子喬は仙薬を奉り、羨門はすばらしい方術を進言する。丹薬を服用して永遠の生を授けられ、寿命を延ばして無限の命を保つのだ。

【語釈】
○九州 古代、中国を分割した九つの州の総称。敷衍して中国全土をいう。類似表現として、[05-06 仙人篇]に「四海一何局、九州安所如(四海 一に何じ局(せま)き、九州 安(いづ)くにか如(ゆ)く所ぞ)」と。
○凌雲 雲よりも高く上がる。すべてに超越するさまをいう。『史記』巻一一七・司馬相如列伝に、「相如既奏大人之頌、天子大説、飄飄有凌雲之気、似游天地之間意(相如既に大人の頌を奏して、天子大いに説(よろこ)び、飄飄として凌雲の気有り、天地の間に游ぶ意に似たり)」と。
○逍遥 のびのびと気ままに往来するさま。畳韻語。『荘子』襄王篇に「逍遥於天地之間、而心意自得(天地の間に逍遥し、而して心意自得す)」と。
○八紘 八方の天地の隅をつなぐ綱。敷衍して、天地の果てをいう。『淮南子』地形訓に「九州之外、乃有八殥。……八殥之外、而有八紘、亦方千里(九州の外、乃ち八殥有り。……八殥の外、而して八紘有り、亦た方千里なり)」と。
○遊目 視線を縦横に解き放って眺める。『楚辞』離騒に「忽反顧以遊目兮、将往観乎四荒(忽ち反顧して以て目を遊ばしめ、将に往きて四荒を観んとす)」と。
○遐荒 遥か彼方に広がる辺境の地。用例として、韋孟「諷諌」(『文選』巻十九)に「彤弓斯征、撫寧遐荒(彤弓もて斯に征し、遐荒を撫寧す)」と。
○披我丹霞衣・襲我素霓裳 「素霓裳」は、白い虹の裳裾。『楚辞』九歌「東君」に「青雲衣兮白霓裳(青雲の衣に白霓の裳)」、王逸注に「言日神来下青雲為上衣、白蜺為下裳也(言ふこころは日神の来り下れば青雲をば上衣と為し、白蜺をば下裳と為すなり)」と。「衣」と「裳」とを対句で用いる点も含めて、これを踏まえる。
○華蓋芳晻藹 「華蓋」は、天子など高貴な人を載せた車に差し掛けられる傘。「晻藹」は、翳りの重なり合うさま。『楚辞』離騒に「揚雲霓之晻藹兮(雲霓の晻藹たるを揚(ひら)く)」、王逸注に「晻藹、猶蓊鬱、蔭貌也(晻藹とは、猶ほ蓊鬱のごとし。蔭ある貌なり)」と。
○六竜仰天驤 「六竜」は、天子を載せた馬車の六頭立ての馬をいう。劉歆「遂初賦」(『古文苑』巻五)に、「総六竜於駟房兮、奉華蓋於帝側(六竜を駟房に総べ、華蓋を帝の側に奉ず)」と。「驤」は、馬が首を挙げて天に躍り上がること。
○曜霊 太陽。『楚辞』天問に「角宿未旦、曜霊安蔵(角宿の未だ旦ならざるとき、曜霊は安くにか蔵る)」、王逸注に「曜霊、日也」と。
○倏忽 速やかに。あっという間に。
○昊蒼 青空。用例として、班固「答賓戯」(『文選』巻四十五)に「不覩其能奮霊徳、合風雲、超忽荒而躆昊蒼(其の能く霊徳を奮ひ、風雲に合し、忽荒を超えて昊蒼を躆(ふ)むを覩ず)」、李善注に引く項岱の注に「昊蒼、皆天名也(昊蒼とは、皆天の名なり)」と。)
○閶闔 天門。『楚辞』遠遊に「命天閽其開関兮、排閶闔而望予(天閽に命じて其れ関を開かしむれば、閶闔を排して予を望む)」、王逸注に「立排天門而須我(立ちて天門を排し而して我を須つ)」と。
○双闕曜朱光 類似表現として、「双闕」は、『文選』巻二十九「古詩十九首」其三に「両宮遥相望、双闕百餘尺(両宮 遥かに相望み、双闕 百餘尺)」と、「曜朱光」は、張衡「南都賦」(『文選』巻三)に「曜朱光於白水(朱光を白水に曜かす)」と見える。
○徘徊文昌殿・登陟太微堂 「文昌殿」「太微堂」は、いずれも天上界の宮殿の名。『楚辞』遠遊にいう「後文昌使掌行兮(文昌を後にして行を掌らしむ)」の王逸注に「天有三宮、謂紫宮、太微、文昌也」と。また同じく遠遊の、前掲「閶闔」の語釈に挙げた部分に続いて「召豊隆使先導兮、問太微之所居(豊隆を召して先導せしめ、太微の居る所を問ふ)」と。「徘徊」は、ぶらぶらと歩き回る。畳韻語。「登陟」は、座敷に上る。
○上帝伏西櫺 「上帝」は、天帝。『易』豫卦の象伝に「先王以作楽崇徳、殷薦之上帝、以配祖考(先王は以て楽を作りて徳を崇め、殷(さかん)に之を上帝に薦め、以て祖考を配す)」と。「伏」は寄りかかる。「櫺」は、高楼の上の欄干。『文選』巻二、張衡「西京賦」に「伏櫺檻而頫聴(櫺檻に伏りて頫して聴く)」、薛綜注に「伏、猶憑也。櫺、台上蘭也(伏は、猶ほ憑るがごときなり。櫺は、台上の蘭なり)」と。「伏」字、底本は「休」に作る。今『藝文類聚』に拠って改める。
○群后集東廂 「群后」は、諸侯。『尚書』舜典に「班瑞于群后(瑞を群后に班(わか)つ)」、この部分の孔安国伝に「還五瑞於諸侯(五瑞を諸侯に還す)」と。『魏志』巻四・三少帝紀(高貴郷公)甘露元年の裴松之注に引く『魏氏春秋』に、「帝宴群臣於太極東堂(帝は群臣を太極の東堂に宴す)」とあることから、諸侯が「東廂」に集まるのは饗宴に侍るためだと思われる(黄節『曹子建詩註』巻二)。
○瓊瑶佩 美玉でできた佩びもの。内に秘めた美徳を象徴する。『楚辞』離騒に「何瓊佩之偃蹇兮、衆薆然而蔽之(何ぞ瓊佩の偃蹇たる、衆は薆然として之を蔽ふ)」と。
○漱我沆瀣漿 「漱」は、すする。張衡「思玄賦」(『文選』巻十五)に、『楚辞』遠遊にいう「吸飛泉之微液兮」を踏まえて、「漱飛泉之瀝液兮(飛泉の瀝液を漱る)」と。「沆瀣」は、夜間に降りる露。仙人の飲み物。『楚辞』遠遊に「軒轅不可攀援兮、吾将従王喬而娯戯。餐六気而飲沆瀣兮、漱正陽而含朝霞(軒轅は攀援す可からず、吾は将に王喬に従ひて娯戯せんとす。六気を餐ひて沆瀣を飲み、正陽に漱ぎて朝霞を含む)」、王逸注に『陵陽子明経』を引いて「沆瀣者、北方夜半気也(沆瀣とは、北方の夜半の気なり)」と。
○踟蹰玩霊芝 「踟蹰」は、同じところをあちらこちらと歩き回る。双声語。『詩経』邶風「静女」に、「静女其姝、俟我於城隅、愛而不見、掻首踟蹰(静女は其れ姝し、我を城隅に俟つ、愛すれども見えず、首を掻きて踟蹰す)」と。「霊芝」は、伝説上の仙草。海上の三神山に生ずる、仙人の食べ物(『文選』巻二、張衡「西京賦」の薛綜注)。
○徙倚弄華芳 「徙倚」は、行きつ戻りつする。畳韻語。『楚辞』遠遊に「歩徙倚而遥思兮、怊惝怳而乖懐(歩み徙倚して遥かに思ひ、怊惝怳として懐ひ乖く)」と。「華芳」は、香草の花。『楚辞』遠遊に「微霜降而下淪兮、悼芳草之先零。……誰可与玩斯遺芳兮、晨向風而舒情(微霜降りて下に淪み、芳草の先づ零ちんことを悼む。……誰か与に斯の遺芳を玩ぶ可き、晨に風にかひて情を舒ぶ)」、宋玉「登徒子好色賦」(『文選』巻十九)に「贈以芳華(贈るに芳華を以てす)」、李善注に「折芳草之華以贈之(芳草の華を折りて以て之を贈る)」と。
○王子奉仙薬 「王子」は、王子喬、すなわち周の霊王の太子晋。笙の吹奏を好んで鳳凰の鳴き声を模し、道士の浮丘公について嵩山に昇って登仙した(劉向『列仙伝』巻上)。王子喬が仙薬を奉ったことは、古楽府「善哉行・来日」(『宋書』巻二十一・楽志三)に「仙人王喬、奉薬一丸(仙人王喬、薬一丸を奉る)」と。
○羨門進奇方 「羨門」は、古の仙人の名。宋玉「高唐賦」(『文選』巻十九)に「有方之士、羨門高谿((有方の士、羨門・高谿あり)」と。また、『史記』巻六・秦始皇本紀に「始皇之碣石、使燕人盧生求羨門高誓(始皇 碣石に之き、燕人盧生をして羨門・高誓を求めしむ)」、集解に引く韋昭注、羨門に注して「古仙人」と。「奇方」はすばらしい方術。
○服食享遐紀 「服食」は、丹薬を服用する。「遐紀」は、長寿。蔡邕「太傅胡広碑銘」(『藝文類聚』巻四十六)に「亮皇聖於六世、嘉庶績於九有。窮生民之光寵、享黄耇之遐紀(皇聖を六世に亮(たす)け、庶績を九有に嘉す。生民の光寵を窮め、黄耇の遐紀を享く)」と。