05-17 丹霞蔽日行

05-17 丹霞蔽日行  丹霞蔽日行

【解題】
殷から周への易姓革命を踏まえ、秦の後を承けた漢もまた滅亡したことを詠ずる歌。楽府題の「丹霞蔽日」は、紅色の霞が白日を覆い隠すの意。「丹霞」は、[05-15 五遊詠]にも「披我丹霞衣、襲我素霓裳(我が丹き霞の衣を披て、我が素き霓の裳を襲ぬ)」と見えている。雲気などが「日を蔽ふ」とは、公正なるものが阻害されることをいう。『文選』巻二十九「古詩十九首」其一に「浮雲蔽白日(浮雲 白日を蔽ふ)」、李善注に引く古楽府「楊柳行」に「讒邪害公正、浮雲蔽白日(讒邪 公正を害し、浮雲 白日を蔽ふ)」と。なお、同題の楽府詩が曹丕にもあり(『藝文類聚』巻四十一ほか)、その辞句「丹霞蔽日、采虹垂天(丹霞 日を蔽ひ、采虹 天に垂る)」云々は、明帝曹叡「歩出夏門行」(『宋書』巻二十一・楽志三)にも見えている。『藝文類聚』巻四十一、『楽府詩集』巻三十七、『詩紀』巻十三所収。

紂為昏乱  紂は昏乱を為し、
残忠虐正  忠なるを残(そこな)ひ正しきを虐ぐ。
周室何隆  周室 何ぞ隆(さか)んなる、
一門三聖  一門に三聖あり。
牧野致功  牧野に功を致し、
天亦革命  天も亦た命を革(あらた)む。
漢祖之興  漢祖の興るは、
階秦之衰  秦の衰ふるに階(よ)る。
雖有南面  南面する有りと雖も、
王道陵夷  王道 陵夷す。
炎光再幽  炎光 再び幽(くら)くして、
忽滅無遺  忽ち滅して遺す無し。

【押韻】正・聖(去声45勁韻)、命(去声43映韻)。衰・夷・遺(上平声06脂韻)。

【通釈】
殷の紂王は錯乱の限りを尽くし、忠誠なる者を痛めつけ、正しき者を虐げた。周王室のなんと盛んなことだろう。一門から三人の聖人が出たのだ。周は牧野において紂を伐つという功を成し遂げ、天もまた命を改めて、天子の座を周に託した。
漢の高祖劉邦が興ったのは、秦の衰退に因るものだ。漢王室からは南面して天下を治める者も出たが、帝王の道は凋落していった。漢の威光を体現する紅色の輝きは再び暗く退潮し、にわかに滅んで跡形もない。

【語釈】
○紂為昏乱 「紂」は、殷王朝最後の天子。酒色におぼれ、暴虐の限りを尽くし、周の武王に滅ぼされた(『史記』巻三・殷本紀)。「昏乱」は、錯乱。『老子』第十八章に「国家昏乱、有忠臣(国家昏乱して、忠臣有り)」と。『春秋左氏伝』宣公三年にいう「商紂暴虐、鼎遷于周。徳之休明、雖小重也。其姦回昏乱、雖大軽也(商紂は暴虐にして、鼎 周に遷る。徳の休明ならば、小と雖も重きなり。其の姦回昏乱せば、大と雖も軽きなり)」を踏まえる。
○残忠虐正 忠誠正直なるものを痛めつける。比干や箕子らに対する紂の暴虐がこれに当たる(『史記』殷本紀)。底本は「虐残忠正」に作る。今、『藝文類聚』『楽府詩集』に従って改める。
○三聖 周の文王・武王・周公旦を指す。
○牧野 周の武王が紂を討伐した所。『史記』殷本紀に「周武王於是遂率諸侯伐紂。紂亦発兵距之牧野(周の武王は是に於いて遂に諸侯を率ゐて紂を伐つ。紂も亦た兵を発して之を牧野に距(ふせ)ぐ)」、張守節『正義』に引く『括地志』に「今衛州城即殷牧野之地、周武王伐紂築也(今の衛州城は即ち殷の牧野の地、周の武王が紂を伐てる築なり)」と。
○天亦革命 「革命」とは、天の下す命が改まり、これを受けて新たな王朝が立つことをいう。『易』革卦、彖伝に「天地革而四時成。湯武革命、順乎天而応乎人(天地革まりて四時成る。湯武 命を革め、天に順ひて人に応ず)」と。
○漢祖之興 「漢祖」は、漢の高祖、劉邦を指す。「祖」字、底本は「祚」に作る。今、『藝文類聚』『楽府詩集』に従って改める。
○階秦之衰 「階」は、。『文選』巻四、張衡「南都賦」に「高祖階其塗(高祖 其の塗に階る)」、李善注に引く『爾雅』に「階、因也(階は、因るなり)」と(葛其仁『小爾雅疏証』広詁)。「階秦」の二字、底本は乙す。今、『藝文類聚』『楽府詩集』に従って改める。
○南面 天子の座位をいう。『易』説卦伝に「聖人南面而聴天下、嚮明而治(聖人は南面して天下に聴き、明に嚮かひて治む)」と。
○王道陵夷 「王道」は、帝王の行うべき、公明正大で無私無偏な道。『尚書』洪範に「無偏無党、王道蕩蕩、無党無偏、王道平平、無反無側、王道正直(無偏無党、王道蕩蕩たり、無党無偏、王道平平たり、無反無側、王道正直なり)」と。「陵夷」は、凋落する。『漢書』巻十・成帝紀に「帝王之道日以陵夷(帝王の道は日以て陵夷す)」、顔師古注に「陵、丘陵也。夷、平也。言其頽替若丘陵之漸平也(陵は、丘陵なり。夷は、平らかなり。言ふこころは其の頽替すること丘陵の漸く平らかなるが若きなり)」と。
○炎光 火徳を有する漢王朝の威光をいう。『漢書』巻一下・高帝紀の賛に「漢承堯運、徳祚已盛、断蛇著符、旗幟上赤、協于火徳、自然之応、得天統矣(漢は堯の運を承け、徳祚 已に盛んにして、蛇を断りて符を著はし、旗幟に赤を上(たっと)びて、火徳に協ひ、自然の応として、天統を得たり)」と。