05-19 善哉行

05-19 善哉行  善哉行

【解題】
宴席で、迎え入れた客人を歓待する歌。『宋書』巻二十一・楽志三(「清商三調」瑟調曲)、及び『初学記』巻十八、『楽府詩集』巻三十六、『太平御覧』巻四一〇、『詩紀』巻六は、古辞として収載する。他方、『藝文類聚』巻四十一は曹植の作として採録し、宋本『曹子建文集』はこれを襲う。『四庫全書総目提要』巻一四八・集部・別集類一に、本詩を曹植の作とする誤謬の指摘が見えるが、丁晏『曹集詮評』に従って、今は曹植作品に関連するものとして残しておく。

来日大難  来る日は大いに難し、
口燥唇乾  口は燥(かは)き唇も乾く。
今日相楽  今日 相楽しみて、
皆当喜歓  皆 当に喜歓すべし。」一解
経歴名山  名山を経歴すれば、
芝草翻翻  芝草 翻翻たり。
仙人王喬  仙人の王喬、
奉薬一丸  薬一丸を奉る。」二解
自惜袖短  自ら惜しむ 袖の短くして、
内手知寒  手を内(い)るるも寒きを知るを。
慙無霊輒  慙づ 霊輒の、
以報趙宣  以て趙宣に報ゆる無きことを。」三解
月没参横  月は没して参は横たはり、
北斗闌干  北斗は闌干たり。
親交在門  親交 門に在れば
饑不及餐  饑うるも餐には及ばず。」四解
歓日尚少  歓びの日は尚ほ少なく、
戚日苦多  戚(かな)しみの日は苦(はなは)だ多し。
以何忘憂  何を以てか憂を忘れん、
弾筝酒歌  筝を弾き酒のみ歌はん。」五解
淮南八公  淮南の八公、
要道不煩  要道 煩ならず。
参駕六龍  六龍に参駕して、
遊戯雲端  雲端に遊戯す。」六解

【押韻】難・乾・寒・干・餐(上平声25寒韻)、歓・丸・端(上平声26桓韻)、山(上平声28山韻)、翩・宣(下平声02仙韻)、短(上声24緩韻)、煩(上平声22元韻)。多・歌(下平声07歌韻)。公(上平声01東韻)、龍(上平声03鍾韻)。

【通釈】
これからの日々はたいそう難儀で、これを思えば、口中はからからになり、唇も乾く。せめて今日はお互いに愉快な気分で、歓楽の時を共に過ごそう。」一解
大いなる山々を巡ってゆけば、霊芝は軽やかにひるがえる。仙人の王子喬が、仙薬をひとつ奉る。」二解
あわれにも、身分の低い我らは衣服の袖が短くて、手を入れても寒さが身に染みる。そんな者は、恥ずかしいことに、かの霊輒が趙宣から受けた恩義に報いたような甲斐性を持ち合わせていない。」三解
月は沈んで、三つ星は横たわり、北斗七星はきらきらと輝いている。親しい人が訪ねてきたので、空腹ながら食事を後回しにして出迎えたのだ。」四解
愉快な日はいまだなお少なく、しんどい日はひどく多い。何によって憂いを忘れよう。それには筝を奏で、酒を飲み、歌を歌うことだ。」五解
淮南王のもとに集った八人の賢者、その仙術には何の煩瑣なこともない。六頭の龍に乗って、雲のきわに遊び戯れるのだ。」六解

【語釈】
○来日 これからやってくる日々。未来。晋楽所奏「善哉行」を聞き知っていたはずの陸機「短歌行」(『文選』巻二十八)に、「来日苦短、去日苦長(来たる日は苦だ短く、去る日は苦だ長し)」と。
○口燥唇乾 たいへんな困難に遭遇して憔悴するさまをいう常套語。たとえば、『韓詩外伝』巻二に「乾喉焦唇、仰天而嘆(喉乾き唇焦げ、天を仰ぎて嘆く)」と。
○今日相楽 宴席で歌われる歌辞に頻見する常套句。類似句として、たとえば曹操「気出倡」に「今日相楽誠為楽」、古辞「艶歌何嘗・白鵠」に「今日楽相楽」、曹丕「善哉行」に「朝日楽相楽」と(いずれも『宋書』巻二十一・楽志三)。
○名山 大いなる山々。『礼記』礼器に「因名山升中于天(名山に因りて中を天に升ぐ)」、鄭玄注に「名、猶大也(名は、猶ほ大のごときなり)」と。
○芝草翻翻 「芝草」は、霊芝。賢明なる王者の出現に伴って現れる瑞祥。「翻翻」は、軽やかに翻るさま。底本は「翩翩」に作る。今、『宋書』楽志、『楽府詩集』、『詩紀』に従って改める。
○仙人王喬 王子喬、すなわち周の霊王の太子晋。道士浮丘公に従って嵩山に上り、登仙した(劉向『列仙伝』巻上)。
○惜 哀れに思う。
○内 入れる。
○慙無霊輒、以報趙宣 「趙宣」は、趙盾。彼はかつて晋人の霊輒を飢えから救い、晋からの攻撃を受けた際、霊輒によって救われた(『春秋左氏伝』宣公二年)。そのように恩に報いることができないことを恥じるの意。「報」字、底本は「救」に作る。今、『宋書』楽志以下の諸本に従って改める。
○参 二十八宿の一つ、からすきぼし。オリオン座の三つ星に当たる。
○闌干 きらきらと縦横に光を放つさま。畳韻語。黄節・余冠英は「横斜貌」と捉えているが、根拠は示されていない。今このように解釈してみたのは、たとえば左思「呉都賦」(『文選』巻五)にいう「金鎰磊呵、珠〓[石+非]闌干(金鎰は磊呵たり、珠〓は闌干たり)」からの連想である。
○親交 親しい間柄の人。肉親の間柄をも指す。『荘子』山木に「吾犯此数患、親交益疏、徒友益散(吾は此の数患に犯ひて、親交は益疏く、徒友は益散ず)」と。唐の成玄英の疏は、「親交」と「徒友」とを対で捉えて「親戚交情」「門徒朋友」と解釈している。底本は「親友」に作る。今、『宋書』楽志以下の諸本に従って改める。
○饑不及餐 類似表現として、古楽府「君子行」(五臣注本系『文選』巻二十七)に「周公下白屋、吐哺不及餐(周公は白屋を下り、吐哺して餐に及ばず)」と。
○淮南八公 漢の淮南王劉安の下に集った八人の賢者。『風俗通義』正失に「俗説、淮南王安、招致賓客方術之士数千人(俗説に、淮南王安は、賓客方術の士数千人を招致す)」と。宋の王応麟『小学紺珠』巻六・名臣類下の「八公」には、左呉、李尚、蘇飛、田由、毛披、雷被、晋昌、伍被の八名を挙げる。彼らの名は、早くには漢の高誘「淮南鴻烈解叙」に見えている(若干の異同あり)。
○要道不煩 「要道」は、要となる方法。ここでは神仙の術。曹植「桂之樹行」(05-31)にいう「要道甚省不煩(要道は甚だ省にして煩ならず)」は、ここを踏まえたもの。
○参駕六龍 「参駕」は、驂に同じ。添え馬ではなく、乗るの意と捉えておく。『楚辞』九章「渉江」に「駕青虬兮驂白螭(青虬に駕し白螭に驂ず)」、王逸注に「虬螭、神獣、宜於駕乗(虬螭は、神獣にして、駕乗に宜し)」と。「王子喬」古辞(『楽府詩集』巻二十九)に「王子喬、参駕白鹿雲中遨(王子喬は、白鹿に参駕して雲中に遨ぶ)」と。曹操「気出倡・駕六龍」に「乗駕雲車、驂駕白鹿(雲車に乗駕し、白鹿に驂駕す)」との類似句が見える。

【余説】
『文選』巻二十三、潘岳「悼亡詩三首」其一の李善注に、曹植の「善哉行」として「如彼翰鳥、或飛戻天(彼の翰鳥の如きは、或いは飛びて天に戻(いた)る)」の二句を引く。
なお、本詩の訳注に当たっては、以下の諸本を参照した。
黄節『漢魏楽府風箋』(中華書局、2008年)p.34~36
余冠英『楽府詩選』(人民文学出版社、1997年)p.22~23
蘇晋仁・蕭煉子『宋書楽志校注』(斉魯書社、1982年)p.245~246
小尾郊一・岡村貞雄『古楽府』(東海大学出版会、1980年)p.151~154