05-23 苦思行

05-23 苦思行  苦しき思ひの行(うた)

【解題】
現実世界から仙界へ抜け出て、ある老隠士から生きるための知恵を授けられたことを詠ずる楽府詩。『藝文類聚』巻四十一、『楽府詩集』巻六十三、『詩紀』巻十三所収。

緑蘿縁玉樹    緑蘿 玉樹に縁(よ)り、
光耀粲相暉    光耀 粲として相暉(かがや)Ku。
下有両真人    下に両真人有り、
挙翅翻高飛    翅を挙げて翻(ひるが)へりて高く飛ぶ。
我心何踊躍    我が心は何ぞ踊躍する、
思欲攀雲追    雲に攀(すが)りて追はんと思欲す。
鬱鬱西岳巓    鬱鬱たる西岳の巓、
石室青葱与天連  石室は青葱として天と連なれり。
中有耆年一隠士  中に耆年の一隠士有り、
鬚髪皆皓然    鬚髪 皆皓然たり。
策杖従我遊    杖を策(つゑ)つきて我に従ひて遊び、
教我要忘言    我に忘言を要とせんことを教ふ。

【押韻】暉・飛(上平声08微韻)、追(上平声06脂韻)。巓(下平声01先韻)、連・然(下平声02仙韻)、言(上平声22元韻)。

【通釈】
緑のかずらが玉の樹木にまとわりついて、きらきらと鮮やかに光り輝いている。その下に二人の真人がいて、つばさをひるがえして空高く飛び立った。私の心はなんとワクワクと躍り上がったことか、雲にすがって彼らの後を追いかけようとした。
うっそうと繁った西の山岳のいただき、石の洞窟は壁面が翡翠の色に輝いて天の青さに連なる。その中に年老いたひとりの隠者がいて、その鬚も髪もみな真っ白だ。彼は杖をつきつつ私と連れ立って遊び、言葉を忘れることを要諦とせよと私に教えてくれた。

【語釈】
○緑蘿 松にまつわりつくツタ類の植物。『文選』巻二十一、郭璞「游仙詩七首」其三に「緑蘿結高林(緑蘿 高林に結ぶ)」、李善注に引く陸機『毛詩草木疏』に「松蘿、蔓松而生、枝正青(松蘿は、松に蔓(から)みて生じ、枝は正しく青し)」(『毛詩』小雅「頍弁」の正義にも引く)と。
○玉樹 伝説上の樹木。『淮南子』地形訓に、崑崙山の地下にある九重の城郭の上、西方の赤水のほとりにあると記されている。
○粲 鮮明なさま。底本は、〓[光+粲]に作る。今、宋本『曹子建文集』ほか、『藝文類聚』『楽府詩集』等によって改める。
○下有両真人 「真人」は、道の奥義を悟り、仙人になり得た人。西方にいる二人の仙人は、曹丕「西山・折楊柳行」(『宋書』巻二十一・楽志三)にも「西山一何高、……上有両仙童、不飲亦不食(西山 一に何ぞ高き、……上に両仙童有り、飲まず亦た食せず)」と見える。
○踊躍 躍り上がる。双声語。
○鬱鬱 うっそうと樹木が茂るさま。たとえば、『楚辞』九歎「思古」に「冥冥深林兮樹木鬱鬱(冥冥たる深き林に樹木は鬱鬱たり)」と。
○耆年 老年。
○石室青葱与天連 「青葱」は、翡翠のようなつやのある緑色。揚雄「甘泉賦」(『文選』巻七)に「翠玉樹之青葱兮、璧馬犀之瞵㻞(玉樹の青葱たるを翠とし、馬犀の瞵㻞たるを璧とす)」と。底本は「青青」に作るが、「石室」の壁面を形容し、「天と連なる」澄んだ色を表す語としては、玉の質感をもつ「青葱」の方がより適切かと考え、『楽府詩集』『詩紀』、及び「青怱」に作る『藝文類聚』に拠って改める。
○皓然 真っ白なさま。老人の白い毛髪を形容する。
○要 肝要なこととして重んじる。
○忘言 言葉を介さずに意思を通ずること。『荘子』外物に「言者所以在意、得意而忘言(言なる者は意を在らしむる所以にして、意を得れば而して言を忘る)」と。ここでは、朱乾(『楽府正義』巻十二)以下諸家の解釈に従って、敢えて沈黙を守ることと捉える。