05-24 遠遊篇

05-24 遠遊篇  遠遊篇

【解題】
時俗に対する悲憤を契機として、仙人とともに広く天地の間を飛翔しようと詠ずる楽府詩。『楚辞』遠遊に「悲時俗之迫阨兮、願軽挙而遠遊(時俗の迫阨を悲しみ、軽挙して遠遊せんことを願ふ)」、王逸の序文に「屈原履方直之行、不容於世、上為讒佞所譖毀、下為俗人所困極、……思欲済世、則意中憤然、文采鋪発、遂叙妙思。託配仙人、与倶遊戯、周歴天地、無所不到(屈原は方直の行を履みて、世に容れられず、上は讒佞に譖毀せられ、下は俗人に困極せられ、……世を済はんと思欲すれば、則ち意中憤然たり、文采鋪発して、遂に妙思を叙ぶ。仙人に託配して与倶に遊戯し、天地を周歴して、到らざる所無し)」と。『楽府詩集』巻六十四所収。部分的に『藝文類聚』巻七十八にも収録されている。

遠遊臨四海  遠遊して四海に臨み、
俯仰観洪波  俯仰して洪波を観る。
大魚若曲陵  大魚は曲陵の若く、
承浪相経過  浪を承けて相経過す。
霊鼇戴方丈  霊鼇 方丈を戴き、
神岳儼嵯峨  神岳 儼として嵯峨たり。
仙人翔其隅  仙人 其の隅に翔り、
玉女戯其阿  玉女 其の阿に戯る。
瓊蕊可療饑  瓊蕊 饑を療(いや)す可く、
仰首吸朝霞  首を仰げて朝霞を吸ふ。
崑崙本吾宅  崑崙は本もと吾が宅にして、
中州非我家  中州は我が家に非ず。
将帰謁東父  将に帰りて東父に謁せんとし、
一挙超流沙  一たび挙がりて流沙を超ゆ。
鼓翼舞時風  翼を鼓して時風に舞ひ、
長嘯激清歌  長嘯して清歌を激しくす。
金石固易弊  金石 固より弊(やぶ)れ易し、
日月同光華  日月と 光華を同にす。
斉年与天地  年を天地と斉しくせん、
万乗安足多  万乗 安んぞ多とするに足らんや。

【通釈】
遠い彼方を歴遊して四方の海に臨み、大きな波のうねりを眺めて、うつむいたり仰向いたりする。大魚は曲線を描いて隆起する丘陵のようで、浪しぶきを受けながら眼前をとおり過ぎてゆく。霊妙なる大亀が、神仙の棲む方丈山を背中に載せて、この世ならざるその山は、厳かに高々と聳え立っている。仙人は、その一隅を飛翔し、玉女は、その片隅で遊び戯れる。美玉の蕊は、飢えを癒すことができるし、首を上方へ伸ばしては、朝の霞を吸ったりもする。崑崙山はもともと私の住まいである。中原の帝都など私が家ではない。これから帰って東王父にお会いしようと、飛び立って一挙に流沙を超えてゆくのだ。翼を打ち羽ばたかせて、時に適った風に舞い、声を長く伸ばして、清らかな歌を力の限り歌いあげる。金石は元来が壊れやすいものだ。そんなものには頼らずに、私は日月とともに光り輝きたい。天地と等しい永遠の歳月を渡ってゆくのだ。万乗の車を動かせる天子なんぞ、どうして見上げるに足るものか。

【語釈】
○遠遊 本詩が『楚辞』遠遊を踏まえることを、冒頭に明示する。本詩解題を参照。
○四海 中国を取り巻く四方の海。
○俯仰観洪波 「俯仰」は、うつむくことと仰向くこと。「洪波」は大きな波、波濤。
○霊鼇戴方丈 「方丈」は、神仙が棲むという伝説の山。蓬莱、瀛洲と合わせて三神山と称せられ、渤海上にあると伝わる(『史記』巻二十八・封禅書)。一句は、渤海の東方、底無しの谷にある五つの神仙の山(岱輿、員嶠、方壺、瀛洲、蓬莱)を、十五匹の巨大なオオガメが首を挙げて載せているという伝説(『列子』湯問)を踏まえる。
○神岳 神聖なる山岳。ここでは、前句にいう神仙の山「方丈」を指す。
○嵯峨 高く険しく聳え立つさま。畳韻語。
○玉女 仙女。東方朔『神異経』東荒経に、東王公と投壺に打ち興ずる姿が記されている。下文「東父」の語釈を参照。
○瓊蕊可療饑 「瓊蕊」は、美しい玉の精粋。一句の内容は、『楚辞』九章「渉江」にいう「登崑崙兮食玉英、与天地兮同寿、与日月兮同光(崑崙に登りて玉英を食し、天地と寿を同じくし、日月と光を同じくす)」を踏まえる。
○朝霞 朝日に照らされた紅色の雲。仙人の食べ物。『楚辞』遠遊に「軒轅不可攀援兮、吾将従王喬而娯戯。餐六気而飲沆瀣兮、漱正陽而含朝霞(軒轅は攀援す可からず、吾は将に王喬に従ひて娯戯せんとす。六気を餐ひて沆瀣を飲み、正陽に漱ぎて朝霞を含む)」、王逸注に「朝霞者、日始欲出赤黄気也(朝霞なる者は、日の始めて出でんと欲する赤黄の気なり)」と。
○崑崙 西方の遥か彼方にある神仙の山。前掲の『楚辞』九章「渉江」にも見えている。
○中州 中原地域をいう。『楚辞』九懐「危俊」に「林不容兮鳴蜩、余何留兮中州(林は鳴く蜩を容れず、余は何ぞ中州に留まらん)」と。
○東父 伝説上の仙人で、東海を治める東王父。東方朔『十洲記』に、「扶桑在碧海之中、地方万里、上有太帝宮、太真東王父所治処(扶桑は碧海の中に在り、地方万里、上に太帝宮有り、太真東王父の治処する所なり)」と。別に、東王公を指すとする説もある。東王公は、伝説上の仙人で、西王母と対をなす。東方朔『神異経』東荒経に、「東荒山中有大石室、東王公居焉。長一丈、頭髪皓白、人形鳥面而虎尾、載一黒熊、左右顧望。恒与一玉女投壺(東荒山中に大いなる石室有り、東王公ここに居る。長さ一丈、頭髪は皓白、人形鳥面にして虎尾、一黒熊を載せ、左右顧望す。恒に一玉女と投壺す)」と。
○流沙 砂漠。砂が風に吹かれて水のように流動するのでこう称する。『楚辞』離騒に「忽吾行此流沙兮、遵赤水而容与(忽ち吾は此の流沙を行き、赤水に遵ひて容与たり)」、王逸注に「流沙、沙流如水也。尚書曰、餘波入于流沙(流沙とは、沙の流るること水の如きなり。尚書(禹貢)に曰く、餘波 流沙に入ると)」と。
○時風 その時に応じて吹く風。『尚書』洪範に「曰聖、時風若(曰聖なる、時風若ふ)」、孔安国伝に「君能通理、則時風順之(君能く理に通ぜば、則ち時風之に順ふ)」と。また、『楚辞』九歎「惜賢」に「竢時風之清激兮(時風の清激を竢つ)」、王逸注に「風、以喩政(風は、以て政を喩ふ)」と。
○長嘯 声を長く引いて詩歌を詠ずる。
○金石固易弊 「金石」という語は、不朽のたとえに常用される。たとえば、『文選』巻二十九「古詩十九首」其十三に「人生忽如寄、寿無金石固(人生は忽として寄するが如く、寿に金石の固さ無し)」と。ここでは、その常識を反転させて無常を表現する。
○日月同光華 『楚辞』九章「渉江」にいう「登崑崙兮食玉英、与天地兮同寿、与日月兮同光(崑崙に登りて玉英を食し、天地と寿を同じくし、日月と光を同じくす)」を踏まえる。
○斉年与天地 前掲注に示す『楚辞』九章「渉江」を踏まえる。
○万乗 万乗の兵車を発動できる領土の君主。天子をいう。『孟子』梁恵王上に「万乗之国、弑其君者必千乗之家(万乗之国、其の君を弑する者は必ずや千乗の家なり)」、趙岐注に「万乗、兵車万乗、謂天子也(万乗とは、兵車万乗、天子を謂ふなり)」と。
○多 重んずる。