05-28 浮萍篇

05-28 浮萍篇  浮萍篇

【解題】
夫の愛情を失った妻の心情を詠じた楽府詩。表現・内容ともに「種葛篇」(05-27)と共通する部分を多く持つ。『玉台新詠』巻二、『楽府詩集』巻三十五、『詩紀』巻十三所収。『藝文類聚』巻四十一所引は「蒲生行」に作り、『楽府詩集』『詩紀』も「蒲生行浮萍篇」と題す。これを是とするならば、本詩は、「清商三調」清調曲の歌辞「蒲生・塘上行」(『宋書』巻二十一・楽志三)に寄せて作られた歌辞だということになる。「塘上行」も、男性に棄てられた女性の悲しみをテーマとし、その作者は、無名氏、甄皇后、曹丕、曹操と諸説ある(『文選』巻二十八、陸機「塘上行」李善注に引く『歌録』)。

浮萍寄清水  浮萍 清水に寄り、
随風東西流  風に随ひて東西に流る。
結髪辞厳親  結髪 厳親を辞じ、
来為君子仇  来りて君子の仇と為る。
恪勤在朝夕  恪勤して朝夕に在りしに、
無端獲罪尤  端無くも罪尤を獲。
在昔蒙恩恵  在昔 恩恵を蒙り、
和楽如瑟琴  和楽すること瑟琴の如し。
何意今摧頽  何ぞ意(おも)はん 今 摧頽して、
曠若商与参  曠(はる)かなること商と参との若し。
茱萸自有芳  茱萸は自ら芳有れども、
不若桂与蘭  桂と蘭とに若かず。
新人雖可愛  新人は愛す可しと雖も、
不若故人歓  故人の歓に若かず。
行雲有返期  行雲に返る期有れば、
君恩儻中還  君が恩 儻(ある)いは中ばにして還らん。
慊慊仰天歎  慊慊として天を仰ぎて歎ず、
愁心将何愬  愁心 将(は)た何(いづ)くにか愬(うつ)たへん。
日月不恒処  日月 恒処せず、
人生忽若寓  人生 忽として寓せるが若し。
悲風来入帷  悲風 来りて帷に入り、
涙下如垂露  涙下ること垂露の如し。
散篋造新衣  篋を散(ひら)き 新衣を造らんと、
裁縫紈与素  紈と素とを裁縫す。

【押韻】流・仇・尤(下平声18尤韻)。琴・参(下平声21侵韻)。蘭(上平声25寒韻)、歓(上平声26桓韻)、還(上平声27刪韻)。処(去声09御韻)、愬・遇(去声10遇韻)、露・素(去声11暮韻)。

【通釈】
浮き草が清らかな水に身を寄せて、風に吹かれるままに東へ西へと流れゆく。髪を結いあげて父母にいとまを告げ、こちらに参りましてあなた様のつれあいとなりました。朝から日の暮れるまで、謹んで仕事に励んでおりましたが、どういうわけか突然、お咎めを受ける身となりました。
その昔、恩愛の恵みを賜り、琴瑟の音が響きあうように、和やかに睦み合っておりました。ところが、思いがけなくも私は今ぼろぼろに落ちぶれて、あなた様とはまるで商星と参星のように遠く隔てられております。
茱萸(かわはじかみ)は芳香を放つとはいえ、桂や蘭の気高い香しさには及びません。新しい方は愛らしいでしょうけれども、古馴染みの妻との愛情には及ばないでしょう。空を流れゆく雲は、必ず故郷に帰る時があるといいますから、あなた様の恩愛も、あるいは途中で戻ってきてくれるかもしれません。
満たされない思いを胸に、天を仰いで嘆きのため息をつきます。悲しみ愁える胸の内を、さていったいどちらに訴えればよいのでしょう。日月はいつも同じところに留まっていてはくれません。人の一生ははかなくて、天地の間に仮住まいしているようなものです。悲しげな風が吹いてきて帷の中に入り、涙はしたたる露のように流れ落ちます。それを振り払い、箱を開いて、新しい衣をつくろうと、白い練り絹を裁って縫い始めました。

【語釈】
○浮萍寄清水、随風東西流 「浮萍」は、うき草。王褒「九懐・尊嘉」(『楚辞章句』巻十五)に「窃哀兮浮萍、汎淫兮無根(窃かに浮萍の、汎淫して根無きを哀れむ)」、王逸注に「随水浮游、乍東西也(水に随ひて浮游し、乍(たちま)ち東西するなり)」と。また、曹丕「秋胡行」(『藝文類聚』巻四十一)に「汎汎淥池、中有浮萍。寄身流波、随風靡傾(汎汎たる淥池、中に浮萍有り。身を流波に寄せ、風に随ひて靡傾す)」と。この両者を重ねて踏まえる。同じ趣旨の喩えとして、「閨情二首」其一(04-17-1)に「寄松為女蘿、依水如浮萍(松に寄せて女蘿と為り、水に依りて浮萍の如し)」と。
○結髪辞厳親 「結髪」は、結婚を意味する。『文選』巻二十九、蘇武「詩四首」其三に「結髪為夫妻、恩愛両不疑(結髪して夫妻と為り、恩愛は両つながら疑はず)」と。その李善注に、男子は二十歳、女子は十五歳で髪を結い、それぞれ冠をつけ、笄をさしたことを説明する。「厳親」は、父母をいう。『易』家人卦、彖伝に「家人有厳君焉。父母之謂也(家人に厳君有り。父母の謂なり)」と。
○君子仇 立派な人物のつれあい。『毛詩』周南「関雎」に「窈窕淑女、君子好逑(窈窕たる淑女、君子の好き逑(つれあひ)なり)」、「逑」字、『魯詩』『斉詩』は「仇」に作る。陳寿祺撰・陳喬樅述『三家詩遺説考』魯詩遺説攷一、斉詩八遺説攷一(王先謙編『清経解続編』巻一一一八・一一三八所収)を参照。「仇」については、『礼記』緇衣にいう「詩云、君子好仇」の鄭玄注に「仇、匹也(仇とは、匹なり)」と。
○恪勤在朝夕 「恪勤」は、謹んで職務に励む。「朝夕」と併せて用いた例として、『国語』周語上に先王不窋の仕事ぶりを称えて「朝夕恪勤、守以敦篤、奉以忠信(朝夕に恪勤し、守るに敦篤を以てし、奉ずるに忠信を以てす)」と。同じ趣旨の句が、前掲「閨情二首」其一にも「束身奉衿帯、朝夕不堕傾(身を束ねて衿帯を奉じ、朝夕堕傾せず)」と。
○無端 ことの発端もなく、唐突に何の理由もなく。前代、この意味での用例は少ない。やや時代が下るが、西晋の陸機「君子行」(『文選』巻二十八)に「福鍾恒有兆、禍集非無端(福の鍾(あつ)まるには恒に兆し有り、禍の集まるには端無きに非ず)」と。
○和楽如瑟琴 『詩経』小雅「棠棣」(『毛詩』は「常棣」に作る)にいう「妻子好合、如鼓瑟琴。兄弟既翕、和楽且湛(妻子好合すること、瑟琴を鼓するが如し。兄弟既に翕(あつ)まりて、和楽し且つ湛(たの)しむ)」を踏まえる。「種葛篇」(05-27)にも「窃慕棠棣篇、好楽如瑟琴(窃かに棠棣篇を慕ひ、好楽 瑟琴の如し)」と。
○摧頽 ぼろぼろになる。畳韻語。古楽府「双白鵠」(『玉台新詠』巻一)に、「吾欲負汝去、羽毛日摧頽(吾 汝を負ひて去らんと欲するも、羽毛 日に摧頽す)」と。
○曠若商与参 「曠」は、久しく。前掲「種葛篇」にも「恩紀曠不接(恩紀 曠しく接せず)」と。「商」は、さそり座のアンタレスを中心とする三星、「参」は、オリオン座の三星。両者は同じ空にともに出現することはない。「種葛篇」にも「昔為同池魚、今為商与参(昔は池を同じくする魚為り、今は商と参と為り)」と。
○茱萸 かわはじかみ。ミカン科の落葉小高木。『楚辞』離騒に「椒專佞以慢慆兮、樧又欲充其佩幃(椒 專ら佞にして以て慢慆し、樧 又其の佩幃に充たされんと欲す)」、王逸注に「椒、楚大夫子椒也(椒は、楚の大夫 子椒なり)」、「樧、茱萸也。似椒而非、以喩子椒似賢而非賢也(樧は、茱萸なり。椒に似て非ず、以て子椒の賢に似て賢に非ざるを喩ふるなり)」と。
○自 ……ではあっても。下文の「雖」と互文を為す。
○桂与蘭 「桂」は、肉桂。クスノキ科の常緑高木。「蘭」は、ふじばかま。キク科の多年生草本。いずれも美徳の象徴として『楚辞』に頻見する。たとえば、「招隠士」に「桂樹叢生兮山之幽(桂樹 叢生す山の幽)」、王逸注に「桂樹芬香以興屈原之忠貞也(桂樹に芬香あり以て屈原の忠貞を興(たと)ふるなり)」、また「離騒」に「紐秋蘭以為佩(秋蘭を紐びて以て佩と為す)」、王逸注に「蘭、香草也(蘭は、香草なり)」と。
○新人雖可愛、不若故人歓 『玉台新詠』巻一「古詩八首」其一にいう「新人雖言好、未若故人姝(新人は好しと言ふと雖も、未だ故人の姝なるに若かず)」を踏まえ、同其七にいう「念子棄我去、新心有所歓。結志青雲上、何時復来還(念ふ 子が我を棄て去り、新心に歓ぶ所有るを。志を青雲の上に結び、何れの時にか復た来り還らん)」をも響かせる。
○行雲有返期 当時、朝に生じた雲は、暮れには山へ帰っていくものだと考えられていた。たとえば、応瑒「別詩」(『藝文類聚』巻二十九)に「朝雲浮四海、日暮帰故山(朝雲 四海に浮かぶも、日の暮るれば故山に帰る)」と。
○儻 あるいは……かもしれない。王引之『経伝釈詞』巻六を参照。
○慊慊 心が満たされないさま。用例として、曹丕「燕歌行」(『文選』巻二十七)に「慊慊思帰恋故郷(慊慊として帰るを思ひ故郷を恋ふ)」と。
○愁心将何愬 類似する発想として、『文選』巻二十九「古詩十九首」其十九に「愁思当告誰(愁思 当た誰にか告げん)」と。
○人生忽若寓 類似表現として、「古詩十九首」其十三に「人生忽如寄(人生 忽として寄するが如し)」と。「寓」字、底本は「遇」に作る。今、宋本『曹子建文集』巻六、及び『玉台新詠』『楽府詩集』等に拠って改める。
○悲風来入帷 「帷」字、『玉台新詠』等が「懐」に作るのは、「七哀詩」(05-03)にいう「願為西南風、長逝入君懐(願はくは西南の風と為りて、長く逝きて君が懐に入らんことを)」に渉って誤ったか。宋本は同じ。
○涙下如垂露 「垂露」と前句の「帷」とを併せて、「艶歌」(『詩紀』巻七)に見える「垂露成帷幄(垂露 帷幄と成る)」を用いたか。
○散篋造新衣 「散」は、開く。用例として、時代は下るが、謝霊運「酬従弟恵連」詩(『文選』巻二十五)に「散帙問所知(帙を散きて知る所を問ふ)」と。「新衣」は、「古艶歌」(『太平御覧』巻六八九)にいう「衣不如新、人不如故(衣は新しきに如かず、人は故きに如かず)」を響かせたか。
○裁縫紈与素 「紈与素」は、斉名産の白い練り絹。前掲「古詩十九首」其十三に「不如飲美酒、被服紈与素(如かず 美酒を飲み、紈と素とを被服せんには)」と。班婕妤「怨歌行」(『文選』巻二十七)に「新裂斉紈素、皎潔如霜雪。裁為合歓扇、団団似明月(新たに斉の紈素を裂けば、皎潔として霜雪の如し。裁ちて合歓の扇と為せば、団団として明月に似たり)」と。