05-32 当牆欲高行

05-32 当牆欲高行  牆(かき)は高からんと欲すの行(うた)に当つ

【解題】
歌曲「牆欲高行」に当てて作られた歌辞。『楽府詩集』では雑曲歌辞に分類されている(巻六十一)。君主に対する衷心からの思いが、讒言に阻まれて届かない不遇を詠ずる。

竜欲升天須浮雲  竜は天に升らんと欲して浮雲を須ち、
人之仕進待中人  人の仕進には中人を待つ。
衆口可以鑠金   衆口 以て金をも鑠(と)かす可し。
讒言三至     讒言 三たび至らば、
慈母不親     慈母も親(ちか)づかず。
憒憒俗間     憒憒たる俗間、
不辯偽真     偽と真とを辯ぜず。
願欲披心自説陳  願はくは心を披きて自ら説陳せんと欲するも、
君門以九重    君門は九重を以てし、
道遠河無津    道は遠くして河には津無し。

【通釈】
竜が天に上ろうとするには浮揚する雲が必要だし、人が官職を得ようとするならば有力な仲介者が必要だ。衆人の口は金をも融かすと言うとおり、讒言が三たびやってくれば、慈母も愛する子から遠ざかる。ごたごたと乱れた俗世間の人々には、真偽を見分けることはできない。だから、なんとか心中を披いて自ら釈明したいと願っているが、君主のいます宮殿の門は幾重にも閉ざされていて、道は遠く、河には渡し場がない。

【語釈】
○竜欲升天須浮雲 竜と雲との結びつきは、たとえば東方朔「七諌・謬諫」(『楚辞章句』巻十三)に「虎嘯而谷風至兮、竜挙而景雲往(虎嘯きて谷風至り、竜挙がりて景雲往く)」と見える。
○中人  官界における有力な仲介者。西晋・魯褒「銭神論」(『藝文類聚』巻四十一)に引く諺に、「官無中人、不如帰田。雖有中人、而無家兄、何異無足而欲行、無翼而欲翔(官に中人無くんば、田に帰るに如かず。中人有りと雖ども、家兄無くんば、何ぞ足無くして行かんと欲し、翼無くして翔けんと欲するに異ならんや)」と。
○衆口可以鑠金  『楚辞』九章「惜誦」に「故衆口其鑠金兮、初若是而逢殆(故に衆口其れ金を鑠し、初め是くの若くして殆きに逢ふ)」と。また、鄒陽「獄中上書自明(獄中にて上書して自ら明らむ)」(『文選』巻三十九)に、「衆口鑠金、積毀銷骨(衆口は金を鑠し、積毀は骨を銷す)」と。
○讒言三至・慈母不親 孝行息子で知られる曹参の母も、息子が人を殺したと三度伝えられると、ついに機織りを止めて逃げ出したという故事(『戦国策』秦策二等)を踏まえる。酷似する辞句が、山東嘉祥県武梁祠西壁の「曾母投杼」の図像の下に、「讒言三至、慈母投杼(讒言三たび至らば、慈母も杼を投ず)」と見えている(長廣敏雄『漢代画象の研究』中央公論美術出版、1965年、p.74)。
○憒憒 煩雑な物事が入り乱れているさま。『荘子』大宗師篇に「憒憒然為世俗之礼(憒憒然として世俗の礼を為す)」と。底本は「憤憤」に作る。おそらくは字形の類似による誤り。今、『詩紀』巻十三によって改める。
○披心 近い文脈での類似句として、前掲の鄒陽「獄中上書自明」に、「披心腹、見情素(心腹を披きて、情素を見はす)」と。
○君門以九重 『楚辞』九辯にいう「豈不鬱陶而思君兮、君之門以九重(豈に鬱陶として君を思はざらんや、君の門は以(すで)に九重なり)」を踏まえる。
○道遠河無津 『楚辞』哀時命にいう「道壅塞而不通兮、江河広而無梁(道は壅塞して通ぜず、江河は広くして梁無し)」を踏まえる。