05-34 当事君行

05-34 当事君行   「事君行」に当つ

【解題】
歌曲「事君行(君に事ふる行)」の替え歌として作られた歌辞。様々な思惑が錯綜する世の中で、ひとりの君主に誠意をもって仕えるべきことを詠ずる。『楽府詩集』巻六十一、『詩紀』巻十三所収。

人生有所貴尚  人生には貴尚する所有り、
出門各異情。  門を出づれば各(おのおの)情を異にす。
朱紫更相奪色  朱紫 更(こもごも)色を相奪ひ、
雅鄭異音声。  雅鄭 音声を異にす。
好悪随所愛憎  好悪 愛憎する所に随ひて、
追挙逐声名。  挙を追ひ 声名を逐(お)ふ。
百心可事一君  百心 一君に事(つか)ふ可からず、
巧詐寧拙誠。  巧詐よりは寧ろ拙誠たれ。

【押韻】情・声・名・誠(下平声14清韻)。

【通釈】
人にはそれぞれ大切にしているものがあって、世間に出るとその違いがあらわになる。朱と紫とが互い違いにその色を奪い合い、雅楽と鄭声とはその音を異にしているものだ。好きだの嫌いだの、愛憎の向くままに突き動かされ、推挙や名声を追い求める世の中だ。百の心でひとりの君主に仕えることはできない。巧みなたぶらかしよりは、むしろ拙い誠意の方がずっとよい。

【語釈】
○貴尚 尊崇する。
○朱紫更相奪色、雅鄭異音声 両句は、『論語』陽貨篇にいう「悪紫之奪朱也。悪鄭声之乱雅楽也(紫の朱を奪ふを悪むなり。鄭声の雅楽を乱すを悪むなり)」を踏まえながら、あわせて、傅毅「舞賦」(『文選』巻十七)にいう「鄭雅異宜(鄭雅は宜しきを異にす)」をも響かせている可能性がある。
○好悪随所愛憎 好悪や愛憎という私的感情に突き動かされることをいう。『礼記』大学にいう「好而知其悪、悪而知其美者、天下鮮矣(好みて其の悪を知り、悪みて而其の美を知る者、天下に鮮(すく)なし)」、同曲礼に賢者の姿勢として示された「愛而知其悪、憎而知其善(愛して其の悪を知り、憎みて其の善を知る)」を踏まえ、それを反転させる。
○追挙逐声名 「追」と「逐」とは同義、「挙」と「声名」とは文法的に同じ位置付けであると捉え、名声や推挙を争って追求するという意味で取っておく。
○百心可事一君 百の異なる心でひとりの君主に仕えることはできない。「可」は、叵に同じ。「不可」の省略形。この句は、『説苑』談叢に「一心可以事百君、百心不可以事一君(一心以て百君に事ふ可し、百心以て一君に事ふ可からず)」とあるほか、『晏子春秋』内篇及び外篇、『孔叢子』詰墨、『列女伝』母儀伝「魏芒慈母」、『風俗通義』過誉など、複数の文献に見えている。
○巧詐寧拙誠 前掲『説苑』談叢のすぐ上文に「巧偽不如拙誠(巧偽は拙誠に如かず)」、同貴徳に「巧詐不如拙誠(巧詐は拙誠に如かず)」とある。前の句「百心可事一君」ともども、古くから広く言い伝えられてきた言葉をほとんどまるごと取り込んだ詩句。