05-36 飛竜篇

05-36 飛竜篇  飛竜篇

【解題】
泰山で仙人に出会い、不老長寿の術を授かったことを詠じた楽府詩。題目にいう飛翔する竜は、多くの注釈者が指摘する『楚辞』離騒とともに、曹操「駕六竜・気出倡」(『宋書』巻二十一・楽志三)をも想起させる。曹操詩には、泰山、白鹿、仙薬など、本詩と重なる要素が多く認められる。『楽府詩集』巻六十四、『詩紀』巻十三、『藝文類聚』巻四十二所収。

晨遊太山  晨(あした) 太山に遊べば、
雲霧窈窕  雲霧 窈窕たり。
忽逢二童  忽として二童に逢へば、
顔色鮮好  顔色 鮮好なり。
乗彼白鹿  彼の白鹿に乗りて、
手翳芝草  手には芝草を翳(かざ)す。
我知真人  我は真人なるを知り、
長跪問道  長跪して道を問ふ。
西登玉堂  西のかた玉堂に登れば、
金楼複道  金楼 複道あり。
授我仙薬  我に仙薬を授く、
神皇所造  神皇の造りし所なり。
教我服食  我に服食を教ふ、
還精補脳  精を還(めぐ)らしめ脳を補ふを。
寿同金石  寿は金石に同じく、
永世難老  永世 老い難し。

【押韻】窕(上声29篠韻)、好・草・道・道・造・脳・老(上声32晧韻)。

【通釈】
夜明け、泰山に遊べば、あたりは深々と立ち込めた雲霧に覆われている。そこでふと二人の子どもに出会ったところ、彼らはすばらしく色つやのよい顔色をしており、かの白鹿に乗り、手には仙草をかざしている。そこで、私は彼らが仙人となり得た真人であることを見て取り、ひざまずいて仙道を問うた。導かれて西のかた玉づくりの高殿を登れば、金の楼閣に二重の渡り廊下が架かっている。そこで、私に仙薬が授けられたが、それは神仙界の皇帝がこしらえたものだ。私は服食の術を教えていただき、還精補脳の奥義が伝授された。すると、寿命は金石に等しくなり、永遠なる長命が約束されたのであった。

【語釈】
○太山 泰山に同じ。宋本、『楽府詩集』、『詩紀』は「泰山」に作る。
○窈窕 奥深いさま。畳韻語。
○二童 二人の子どもの仙人。任昉『述異記』に「湘州栖霞谷、昔有橋順二子、於此得仙。服飛竜一丸、千年不飢(湘州の栖霞谷、昔橋順の二子有り、此に於いて仙たるを得。飛竜一丸を服して、千年飢えず)」と。『述異記』は、この故事を、曹丕「西山・折楊柳行」(『宋書』巻二十一・楽志三)にいう「西山一何高、……上有両仙童、不飲亦不食(西山一に何ぞ高き、……上に両仙童有り、飲まず亦た食せず)」と関連付けている。
○白鹿 仙人の乗りもの。吟嘆曲「王子喬」(『楽府詩集』巻二十九)に「王子喬、参駕白鹿雲中遨(王子喬、白鹿に参駕して雲中に遨ぶ)」、古楽府「長歌行」(『楽府詩集』巻三十)に「仙人騎白鹿(仙人 白鹿に騎る)」と。
○手翳芝草 手に「芝草」を持って頭上にかざす。「芝草」は、仙草。『海内十洲記』に「方丈洲在東海中心、……仙家数十万、耕田種芝草(方丈洲は東海の中心に在り、……仙家数十万、田を耕して芝草を種う)」と。
○真人 道の奥義を体得し、仙人となり得た人物。「桂之樹行」(05-31)に既出。
○長跪 両膝をついて、腰と腿を真っ直ぐに伸ばしてすわる。敬意を表す姿勢。
○西登玉堂、金楼複道 「玉堂」「金楼」は、仙界の建築物。たとえば『海内十洲記』に崑崙宮の一角にある天墉城について「城上安金台五所、玉楼十二所(城上に金台五所、玉楼十二所を安んず)」と。「複道」は、楼閣の間に架け渡した上下二重の渡り廊下。
○授我仙薬 同様の内容が、曹操「駕六竜・気出倡」(『宋書』巻二十一・楽志三)に、「願得神之人、乗駕雲車、驂駕白鹿、上到天之門、来賜神之薬(願はくは神の人を得て、雲車に乗駕し、白鹿に驂駕し、上のかた天の門に到り、来りて神の薬を賜はらんことを)」と。
○服食 仙人になるための薬を服用すること。『文選』巻二十九「古詩十九首」其十三には「服食求神仙、多為薬所誤(服食して神仙を求むるも、多くは薬の誤る所と為る)」と。
○還精補脳 仙術の要諦。『抱朴子』内篇・釈滞に、房中の術について「其大要在於還精補脳之一事耳。此法乃真人口口相伝、本不書也。雖服名薬、而復不知此要、亦不得長生也(其の大要は還精補脳の一事に在るのみ。此の法は乃ち真人口口に相伝し、本書かかれざるなり。名薬を服すと雖も、復た此の要を知らずんば、亦た長生を得ざるなり)」と。
○寿同金石 前掲「古詩十九首」其十一にいう「人生非金石、豈能長寿考(人生は金石に非ず、豈に能く長く寿考ならんや)」を反転させる。
○永世難老 不老長寿をいう。『尚書』微子之命にいう「永世無窮(永世窮まること無し)」と、『毛詩』魯頌「泮水」にいう「永錫難老(永く老い難きを錫ふ)」とをあわせた表現。『毛詩』当該詩の鄭箋に「難使老者、最寿考也(老い使むること難しとは、最も寿考なるなり)」と。

【余説】
本詩の佚文として、次の二条が伝わっている。
『文選』巻二十八、陸機「前緩声歌」の李善注に、「芝蓋翩翩(芝蓋 翩翩たり)」と。
『北堂書鈔』巻一五八に、「南経丹穴、積陽所生。煎石流礫、品物無形(南のかた丹穴を経れば、積陽の生ずる所なり。煎石 流礫、品物 形無し)」と。