05-38 駆車篇
05-38 駆車篇 駆車篇
【解題】
泰山に赴いて目にした風景と、そこで執り行われる封禅の儀について詠じた楽府詩。『楽府詩集』巻六十四、『詩紀』巻十三所収。
駆車撣駑馬 車を駆りて駑馬を撣(つら)ね、
東到奉高城 東のかた奉高城に到る。
神哉彼泰山 神なる哉 彼の泰山は、
五岳専其名 五岳 其の名を専らにす。
隆高貫雲蜺 隆高して雲蜺を貫き、
嵯峨出太清 嵯峨として太清を出づ。
周流二六候 周流す 二六候、
間置十二亭 間に置かれたる十二亭。
上有涌醴泉 上に醴泉の涌く有り、
玉石揚華英 玉石 華英を揚ぐ。
東北望呉野 東北より呉野を望み、
西眺観日精 西より眺めて日精を観る。
魂神所繋属 魂神の繋属する所、
逝者感斯征 逝く者は斯征に感ず。
王者以帰天 王者は以て天に帰し、
効厥元功成 厥の元功の成るを効(いた)す。
歴代無不遵 歴代 遵(したが)はざるは無し、
礼記有品程 礼記に品程に有り。
探策或長短 策を探して或いは長短あるも、
唯徳享利貞 唯だ徳のみ利貞を享(う)く。
封者七十帝 封ずる者は七十帝、
軒皇元独霊 軒皇は元(もと)に独り霊たり。
餐霞漱沆瀣 霞を餐し 沆瀣に漱げば、
毛羽被身形 毛羽 身形を被ふ。
発挙蹈虚廓 発挙して虚廓を蹈み、
径庭升窈冥 径庭して窈冥に升る。
同寿東父年 寿を東父の年と同じくし、
曠代永長生 曠代 永く長生す。
【押韻】城・名・清・精・征・成・程・貞(下平声14清韻)、亭・霊・形・冥(下平声15青韻)、英・生(下平声12庚韻)。
【通釈】
車を駆って駑馬を連ね、東のかた奉高城に到着した。神聖なることよ、かの泰山は、五岳の頂点をひとりで占めている。高々と隆起して虹を貫き、険しくそそり立って天空を突き抜けている。山の周囲にはぐるりと、間隔をとって設けられた十二の物見台。上には甘い泉水が湧き出でて、美玉が輝きをほとばしらせている。東北より呉の平野を見渡し、西方より太陽の昇るのを遠く眺める。ここは霊魂の繋ぎ留められているところ、この世を渡ってゆく者は、時の推移に感じ入る。王者はここで天に帰依し、その大いなる功績が成就したことを報告する。歴代の王者がみな遵守した、その決まりごとは儀礼の書物に見えている。泰山に蔵された寿命を記す札を探せば、それぞれに長短があるけれども、ただ徳を有する者だけに調和とゆるぎない正しさとが授与される。天を祭った皇帝は七十名、そのうちの黄帝軒轅氏は大元にひとり存在する精霊である。霞を食し露で口を漱ぎ、羽毛がその身体を被う。飛び立ち、虚空を踏んで、奥深い仙界へとまっすぐに昇ってゆく。東王父と寿命を同じくし、長い年月をわたって永遠に生き続けるのだ。
【語釈】
○駆車撣駑馬 「撣」は、連ねる。『広雅』釈訓に「撣援、牽引也(撣援は、牽引するなり)」、王念孫の疏証に「撣之言蝉連、援之言援引、皆憂思相牽引之貌也(撣の言は蝉連、援の言は援引、皆憂思して相牽引するの貌なり)」と。類似句として、『文選』巻二十九、「古詩十九首」其三に「駆車策駑馬(車を駆りて駑馬に策(むちう)つ)」と。「撣」字、底本は「揮」に作る。今、宋本、『楽府詩集』、『詩紀』等に従って改める。
○東到奉高城 「奉高」は、兗州泰山郡にある県。『漢書』巻二十八上・地理志上によると、前漢の武帝が元封二年(前一〇九)、ここに明堂を建てたという。
○神哉彼泰山、五岳専其名 『風俗通義』山沢、五岳のはじめに東方の泰山を挙げ、「尊曰岱宗。岱者、長也。万物之始、陰陽交代、雲触石而出、膚寸而合、不崇朝而徧雨天下、其惟泰山乎。故為五岳之長。王者受命易姓、改制応天、功成封禅、以告天地(尊して岱宗と曰ふ。岱とは、長なり。万物の始め、陰陽交代して、雲は石に触れて出で、膚寸にして合し、崇朝ならずして徧く天下に雨ふるは、其れ惟れ泰山ならんか。故に五岳の長為り。王者は命を受けて姓を易へ、制を改めて天に応じ、功成れば封禅して、以て天地に告ぐ)」と。「五岳専其名」は、五岳という総称を泰山がひとりで占めているとの意味で捉えておく。
○雲蜺 虹。
○嵯峨 高く険しく聳え立つさま。畳韻語。
○太清 天空。
○周流二六候、間置十二亭 「周流」は、ぐるりとめぐる。畳韻語。「二六」は、十二。「候」「亭」は、遠くを見張るための楼台。『後漢書』巻一下・光武帝紀下に「築亭候」、李賢等注に「亭候、伺候望敵之所。前書曰、秦法十里一亭、亭有長。漢因之不改(亭候とは、伺候望敵の所なり。前書(『漢書』)に曰く、「秦法に十里一亭、亭に長有り」と。漢は之に因りて改めず)」と。
○上有涌醴泉 「醴泉」は、あまい泉水。『礼記』礼運に、王の善政の現われとして「天降膏露、地出醴泉(天は膏露を降らせ、地は醴泉を出だす)」、『白虎通』封禅に「徳至淵泉、則黄竜見、醴泉湧(徳淵泉に至れば、則ち黄竜見はれ、醴泉湧く)」と。「有」字、底本は「下」に作る。今、宋本、『藝文類聚』以下諸本に従って改める。
○玉石揚華英 「玉石」は、美玉。たとえば、劉向「九歎・怨思」(『楚辞章句』巻十六)に「光明斉於日月兮、文采燿於玉石(光明は日月に斉しく、文采は玉石より燿く)」と。「華英」は、美玉の輝き。たとえば、『楚辞』遠遊に「吸飛泉之微液兮、抱琬琰之華英(飛泉の微液を吸ひ、琬琰の華英を抱く)」と。
○東北望呉野、西眺観日精 泰山からの眺望をいう。応劭『漢官』に引く馬第伯「封禅儀記」(『続漢書』祭祀志上、劉昭注補)に「東山名曰日観。日観者、鶏一鳴時、見日始欲出、長三丈所。……呉観者望見会稽(東山は名を日観と曰ふ。日観とは、鶏の一鳴する時、日の始めて出でんと欲する、長さ三丈の所を見るなり。……呉観とは会稽を望見するなり)」と。「日精」は、太陽。「桂之樹行」(05-31)に「教爾服食日精(爾に日精を服食せんことを教ふ)」と既出。
○魂神所繋属、逝者感斯征 泰山には霊魂が繋がれている。同類の発想として古「怨詩行」(『楽府詩集』巻四十一)に「齊度遊四方、各繋太山録。人間楽未央、忽然帰東岳(齊しく度(わた)りて四方に遊び、各太山の録に繋がる。人間に楽しみ未だ央(つ)きざるに、忽然として東岳に帰る)」と。「斯征」は、ここでは時間の過ぎゆくことをいう。『詩経』小雅「小宛」にいう「我日斯邁、而月斯征(我は日〻に斯(ここ)に邁(ゆ)き、而(なんぢ)も月〻に斯に征く)」を踏まえる語。
○王者以帰天、効厥元功成 「効」は、致す。「元功」は、大いなる功績。両句は、王者が泰山を通じて天にその功績の成就を報告することをいう。前掲の『風俗通義』、及び『五経通義』(『初学記』巻五、『太平御覧』巻三十九)にいう「王者受命易姓、報功告成、必於岱宗也。東方万物始交代之処(王者は命を受け姓を易へて、功を報じて成るを告ぐるに、必ず岱宗に於いてするなり。東方は万物の始めて交代するの処なればなり)」を参照。
○礼記有品程。「品程」は、きまり、規範。熟語としては用例が少ない。「礼記」は、経書の『礼記』ではなく、封禅の具体的な内容を記した記録、たとえば前掲の応劭『漢官』に引く馬第伯「封禅儀記」等を指すか。
○探策或長短 「策」は、泰山にある、人の寿命を書き記した札。『風俗通義』正失に「俗説、岱宗上有金篋玉策、能知人年寿修短。武帝探策得十八、因読曰八十。其後果用耆長(俗説に、岱宗の上に金篋玉策有り、能く人の年寿の修短を知る。武帝は策を探して十八を得、因りて読みて八十と曰ふ。其の後果して用て耆長なり)」と。
○唯徳享利貞 「利貞」は、調和とゆるぎない正しさ。『易』乾の卦辞「乾、元亨利貞」に係る文言に「元者、善之長也。亨者、嘉之会也。利者、義之和也。貞者、事之幹也(元は、善の長ずるなり。亨は、嘉の会するなり。利は、義の和するなり。貞は、事の幹たるなり)」、「君子行此四徳者(君子は此の四徳(元・亨・利・貞)を行ふ者なり)」と。
○封者七十帝 「封」は、山頂で天を祭る。『史記』巻二十八・封禅書に、斉の桓公を諫める管仲の語に「古者封泰山禅梁父者七十二家(古は泰山に封じ梁父に禅する者七十二家あり)」、その『正義』に引く『韓詩外伝』に「孔子升泰山、観易姓而王、可得而数者七十餘人、不得而数者万数也(孔子 泰山に升り、姓を易へて王たるものを観るに、得て数ふ可き者は七十餘人、得て数へざる者は万もて数ふるなり)」と。
○軒皇元独霊 「軒皇」は、黄帝軒轅氏のこと。「元独霊」とは、大元の位置にひとり精霊として存在するの意か。『史記』封禅書に、漢の武帝に公孫卿が申公の書を引用して「封禅七十二王、唯黄帝得上泰山封(封禅せるは七十二王なれど、唯だ黄帝のみ泰山に上りて封ずるを得たり)」、「中国華山・首山・太室・泰山・東莱、此五山黄帝之所常游、与神会。黄帝且戦且学僊。患百姓非其道者、乃断斬非鬼神者。百餘歳然後得与神通(中国の華山・首山・太室・泰山・東莱、此の五山は黄帝の常に游び、神と会する所なり。黄帝は且つ戦ひ且つ僊を学ぶ。百姓の其の道を非とする者を患ひ、乃ち鬼神を非とする者を断斬す。百餘歳にして然る後に神と通ずるを得たり)」と。
○餐霞漱沆瀣 霞を食し、露で口を漱ぐ。仙人の飲食。『楚辞』遠遊に「軒轅不可攀援兮、吾将従王喬而娯戯。餐六気而飲沆瀣兮、漱正陽而含朝霞(軒轅は攀援す可からず、吾は将に王喬に従ひて娯戯せんとす。六気を餐ひて沆瀣を飲み、正陽に漱ぎて朝霞を含む)」、王逸注に引く『淩陽子明経』に「沆瀣者、北方夜半気也(沆瀣とは、北方の夜半の気なり)」と。
○毛羽被身形 羽毛が身体を覆えば、仙界への飛翔が可能となる。淮南王劉安「八公操」(『楽府詩集』巻五十八)に「公将与余、生毛羽兮。超騰青雲、蹈梁甫兮(公は将に余と与にせんとして、毛羽を生ぜしむ。青雲を超騰し、梁甫を蹈む)」と。
○虚廓 万物の根源にある虚空の状態。『淮南子』天文訓に「道始于虚霩、虚霩生宇宙、宇宙生気(道は虚霩に始まり、虚霩は宇宙を生じ、宇宙は気を生ず)」と。「霩」は「廓」の本来の字。
○径庭 真っ直ぐに横切るさま。声調は異なるが畳韻語。張衡「西京賦」(『文選』巻二)に「重閨幽闥、転相踰延、望䆗窱以径廷、眇不知其所返(重閨幽闥、転(うたた)相踰延し、望めば䆗窱して以て径廷し、眇として其の返る所を知らず)」と。
○窈冥 神仙の精粋を内包する奥深い境界。『老子』第二十一章に「窈兮冥兮、其中有精。其精甚真、其中有信(窈たり冥たり、其の中に精有り。其の精は甚だ真にして、其の中に信有り)」と。曹操「気出倡」(『宋書』巻二十一・楽志三)に「神仙之道、出窈入冥(神仙の道、窈より出で冥に入る)」と。
○東父 伝説上の仙人で、東海を治める東王父。東方朔『十洲記』に、「扶桑在碧海之中、地方万里、上有太帝宮、太真東王父所治処(扶桑は碧海の中に在り、地方万里、上に太帝宮有り、太真東王父の治処する所なり)」と。
○曠代 長い歳月をわたること。