05-45 棄婦篇
05-45 棄婦篇 棄婦篇
【解題】
子を生さないために夫から離縁された女性の悲哀を詠じた詩歌。朱緒曾『曹集考異』巻五は、王宋という女性のために作られたものだとする。王宋については、『玉台新詠』巻二、劉勲妻王宋「雑詩二首」序に、「王宋者平虜将軍劉勲妻也。入門二十餘年、後勲悦山陽司馬氏女、以宋無子出之。還於道中、作詩二首(王宋は平虜将軍劉勲の妻なり。門に入りて二十餘年、後に勲は山陽の司馬氏の女を悦び、宋の子無きを以て之を出だす。還るに道中に於いて、詩二首を作る)」と。なお、この王宋「雑詩二首」其一を、『藝文類聚』巻二十九は曹丕の作とし、棄婦王宋のテーマで詩の競作が行われた可能性を示唆する。他方、本詩はその表現から見て、君主から冷遇されている者への慰撫を重ねて詠じている可能性もある。『玉台新詠』巻二に「棄婦詩」、『太平御覧』巻九七〇に「棄妻詩」、『詩紀』巻十三に「棄婦篇」として収載。
石榴植前庭 石榴 前庭に植う、
緑葉揺縹青 緑葉 縹青を揺らす。
丹華灼烈烈 丹華 灼として烈烈たり、
璀采有光栄 璀采として光栄有り。
光栄曄流離 光栄 曄(かがや)き流離たり、
可以処淑霊 以て淑霊を処らしむ可し。
有鳥飛来集 鳥有り 飛び来りて集まり、
撫翼以悲鳴 翼を撫して以て悲鳴す。
悲鳴夫何為 悲鳴するは 夫れ何為れぞ、
丹華実不成 丹華 実 成らざればなり。
撫心長歎息 心を撫して長歎息す、
無子当帰寧 子無くんば当に帰寧すべし。
有子月経天 子有らば月の天を経るがごとく、
無子若流星 子無くんば流星の若し。
天月相終始 天と月とは相終始し、
流星没無精 流星は没すれば精(ひかり)無し。
棲遅失所宜 棲遅して宜しき所を失ひ、
下与瓦石并 下 瓦石と并(なら)ぶ。
憂懐従中来 憂懐 中従(よ)り来り、
歎息通鶏鳴 歎息して鶏鳴に通ず。
反側不能寐 反側して寐ぬる能はず、
逍遥於前庭 前庭に逍遥す。
踟蹰還入房 踟蹰して還りて房に入れば、
粛粛帷幕声 粛粛たり 帷幕の声。
搴帷更摂帯 帷を搴(かか)げて更に帯を摂(ただ)し、
撫節弾素筝 節を撫して素筝を弾ず。
慷慨有餘音 慷慨 餘音有り、
要妙悲且清 要妙として悲しく且つ清し。
収涙長歎息 涙を収めて長歎息す、
何以負神霊 何を以てか神霊に負かんや。
招揺待霜露 招揺は霜露を待つ、
何必春夏成 何ぞ必ずしも春夏に成らん。
晩穫為良実 晩穫は良実為(た)り、
願君且安寧 願はくは君 且く安寧なれ。
【押韻】庭・青・霊・寧・星・庭・霊・寧(下平声15青韻)、栄・鳴・鳴(下平声12庚韻)、成・精・并・声・清・成(下平声14清韻)、筝(下平声13耕韻)。
【通釈】
石榴(ざくろ)の木が前庭に植えられて、緑の葉が淡い青色を揺らす。深紅の花は勢い盛んに咲き誇り、玉のようにきらきらと光輝を放っている。
光輝はふんだんにあふれ出て、麗しき魂を宿した鳥を迎え入れる用意ができている。そこへ鳥が飛んできて、翼を打ち振るわせて悲しげに鳴いたのだった。
悲しげに鳴くのはいったいどうしてか。それは、深紅の花が実を結ばないからだ。胸を打って長くため息をつく。子の無い者は、実家に帰らなくてはならないのだ。
子が生まれれば、月が天空を渡るように安泰であり、子が生まれなければ、流れ星のように消え去る運命だ。天と月とは終始循環して止まないけれど、流れ星は地平線下に落ちれば光を失っておしまいだ。
世間から離れて居場所を失い、身を落として瓦や石などと共にいる。これを思うと、憂いが胸中から湧きおこり、鶏の鳴く明け方まで夜通し、ため息をついて過ごす。
転々と寝返りを打って眠られず、前庭をぶらぶら歩き回る。行きつ戻りつした挙句、再び寝室に入っていけば、さらさらと帷幕が音を立てる。
帳をかかげて、重ねて帯を整え直し、節を打ちながら白木の筝を奏でる。張り詰めた感慨にありあまる響きがまつわって、その美しい音色は悲しくも清らかだ。
涙をぬぐって長くため息をつく。どうして神霊に背くことができようか。招揺の山に生ずる桂の木は、霜や露の降りる季節を待ちわびるという。どうして必ず春や夏に実が成ると決まっているものか。晩い季節に収穫されるのは良い実だという。だからどうか君よ、今しばらく心安らかにいてくれたまえ。
【語釈】
○石榴植前庭……璀采有光栄 「石榴」は、ザクロ。蔡邕「翠鳥詩」(『藝文類聚』巻九十二)に「庭陬有若留、緑葉含丹栄(庭の陬(すみ)に若留有り、緑葉 丹栄を含む)」と。「若留」は、「石榴」に同じ。
○緑葉揺縹青 「縹青」は淡い緑色。前掲の蔡邕「翠鳥詩」に、ザクロの木に集まった翠鳥の様子を描写して「迴顧生碧色、動揺揚縹青(迴顧すれば碧色を生じ、動揺すれば縹青を揚ぐ)」とあるのを用いる。
○璀采 きらきらと玉のような輝きを放つさま。畳韻語。
○光栄 きらめき。
○流離 輝きがふんだんにあふれ出るさま。双声語。用例として、揚雄「甘泉賦」(『文選』巻七)に、「曳紅采之流離、颺翠気之宛延(紅采の流離たるを曳き、翠気の宛延たるを颺ぐ)」と。
○淑霊 善良なる精神。鳥に対して用いる例として、楊修「孔雀賦」(『藝文類聚』巻九十一)に「寓鶉虚以挺体、含正陽之淑霊(鶉の虚(うろ)に寓して以て体を挺し、正陽の淑霊を含む)」と。
○有鳥飛来集、撫翼以悲鳴 前掲の蔡邕「翠鳥詩」に「翠鳥時来集、振翼修容形(翠鳥 時に来りて集ひ、翼を振ひて容形を修む)」とあるのを用いる。
○丹華実不成 「丹華」は、ザクロの紅い花。それが実を結ばないということに、子宝に恵まれないことを重ねて表現する。石榴ではないが、『漢書』巻二十七中之上・五行志中之上に引く前漢成帝期の歌謡に「桂樹華不実、黄爵巣其顚(桂樹は華実らず、黄爵は其の顚に巣づくる)」、これを「華不実、無継嗣也(華実らずとは、継嗣無きなり)」と解釈している。
○帰寧 嫁いだ娘が実家に帰って父母の安否を問う。『毛詩』周南「葛覃」に「帰寧父母(帰りて父母を寧(やす)んぜん)」と。ここでは、夫に離縁された妻が実家に戻ることをいう。
○月経天 月が天を渡るように、正統な道を進んでいくことをいう。『後漢書』巻二十八上・馮衍伝に引く田邑の返書に「其事昭昭、日月経天、河海帯地、不足以比(其の事の昭昭たる、日月が天を経、河海が地を帯(めぐ)るも、以て比するに足らず)」と。
○若流星 「流星」は、流れ星。星の明るさが月に遠く及ばないことは、『文子』上徳に「百星之明、不如一月之光(百星の明は、一月の光に如かず)」と。
○天月相終始 「終始」は、終始循環して止まないこと。『易』恒卦の彖伝に「天地之道、恒久而不已也。利有攸往、終則有始也。日月得天而能久照、四時変化而能久成(天地の道は、恒久にして已まざるなり。往く攸有るに利あり、終れば則ち始め有るなり。日月は天を得て能く久しく照り、四時は変化して能く久しく成る)」と。
○精 光。『淮南子』本経訓に「天愛其精(天は其の精を愛す)」、高誘注に「精、光明也(精は、光明なり)」と。
○棲遅 隠遁生活を送ること。『毛詩』陳風「衡門」に「衡門之下、可以棲遅(衡門の下、以て棲遅す可し)」、毛伝に「衡門、横木為門、言浅陋也。棲遅、遊息也(衡門は、木を横にして門と為す、浅陋を言ふなり。棲遅は、遊息するなり)」と。
○憂懐従中来 類似表現として、曹操「短歌行」(『文選』巻二十七)に「明明如月、何時可掇。憂従中来、不可断絶(明明たること月の如し、何れの時にか掇る可けん。憂ひ中従り来たりて、断絶す可からず)」と。
○通鶏鳴 鶏の鳴く夜明けに達する。『毛詩』鄭風に「女曰鶏鳴」詩がある。
○反側不能寐 「反側」は、思い悩んで眠れずに寝返りを打つ。『毛詩』周南「関雎」に「輾転反側(輾転として反側す)」と。「不能寐」は、『文選』巻二十九「古詩十九首」其十九にいう「憂愁不能寐、攬衣起徘徊(憂愁して寐ぬる能はず、衣を攬りて起ちて徘徊す)」を踏まえる。この語は、建安詩人の作品に頻見する。たとえば、王粲「七哀詩二首」其二(『文選』巻二十三)に「独夜不能寐、攝衣起撫琴(独夜 寐ぬる能はず、衣を攝りて起ちて琴を撫す)」、徐幹「室思詩」(『玉台新詠』巻一)に「展転不能寐、長夜何綿綿(展転として寐ぬる能はず、長夜 何ぞ綿綿たる)」、曹丕「雑詩二首」其一に「展転不能寐、披衣起彷徨(展転として寐ぬる能はず、衣を披て起ちて彷徨す)」と。
○逍遥 ぶらぶらと歩き回る。畳韻語。
○踟蹰還入房 「踟蹰」は、ゆきつもどりつする。双声語。『詩経』邶風「静女」に、「静女其姝、俟我於城隅、愛而不見、掻首踟蹰(静女は其れ姝し、我を城隅に俟つ、愛すれども見えず、首を掻きて踟蹰す)」と。「還入房」は、前掲「古詩十九首」其十九にいう「出戸独彷徨、愁思当告誰。引領還入房、涙下沾裳衣(戸を出でて独り彷徨するも、愁思 当た誰にか告げん。領を引きて還りて房に入れば、涙は下りて裳衣を沾す)」を踏まえる。
○粛粛 さらさら。とばりが立てる音を表す擬声語。
○撫節弾素筝 この一句、底本は「撫絃調鳴筝」に作る。今、『玉台新詠』に従って改める。「節」は、楽曲のリズムを取る楽器。『宋書』巻二十一・楽志三に、漢魏の俗楽系宮廷歌曲「相和」の演奏様態について、「絲竹更相和、執節者歌(絲竹更相和し、節を執る者歌ふ)」と。「素筝」は、木地のままの筝。筝は、筑の胴体に五絃を張った楽器(『風俗通義』声音)。
○慷慨有餘音 「古詩十九首」其五にいう「一弾再三歎、慷慨有餘哀(一たび弾じては再三歎じ、慷慨して餘哀有り)」を踏まえる。
○要妙悲且清 「要妙」は、美しいさま。畳韻語。音楽を形容する例として、司馬相如「長門賦」(『文選』巻十六)に「声幼妙而復揚(声は幼妙にして復た揚がる)」と。「幼」は「要」と同音。「悲且清」は、蔡琰「悲憤詩二章」其二(『後漢書』巻八十四・列女伝)に「楽人興兮弾琴筝、音相和兮悲且清(楽人興りて琴筝を弾じ、音は相和して悲しく且つ清し)」とある。
○神霊 神聖なる霊魂。前文に見える「淑霊」とは別の、より高次元にある存在を指すとしておく。用例として、曹操を追悼する曹丕「短歌行・仰瞻」(『宋書』巻二十一・楽志三)に、「神霊倏忽、棄我遐遷(神霊は倏忽として、我を棄てて遐遷す)」と。
○招揺待霜露 「招揺」は桂の木を指す。『山海経』南山経の冒頭に「招揺之山、臨于西海之上、多桂、多金玉(招揺の山、西海の上に臨み、桂多く、金玉多し)」、『呂氏春秋』孝行覧、本味に「和之美者、陽樸之薑、招揺之桂……(和の美なる者、陽樸の薑(みょうが)、招揺の桂(にっけい)……)」と。桂は、秋に黒い実を結ぶ。別に、「招揺」を北斗七星の柄の突端にある星と見る説もある。この星は、季節ごとに指し示す方角が異なり、たとえば晩秋ならば、陸機「擬明月皎夜光」(『文選』巻三十)に「招揺西北指、天漢東南傾(招揺は西北を指し、天漢は東南に傾く)」、『淮南子』時則訓に「季秋之月、招揺指戌(季秋の月、招揺は戌を指す)」と。