07-18 封鄄城王謝表

07-18 封鄄城王謝表  鄄城王に封ぜられて謝する表

【解題】鄄城王に封ぜられたことへの謝意を表する文書。曹植は、鄄城侯となった黄初三年(二二二)、東郡太守の王機らに無実の罪を摘発されたが、文帝の計らいによって元の地位に戻され([08-02 黄初六年令]を参照)、次いで同年の夏四月戊申(十四日)、約一月遅れで、文帝の他の弟たちと同等に王の爵位が加えられた(『三国志(魏志)』巻二・文帝紀)。『藝文類聚』巻五十一は、「謝封甄城王表(甄城王に封ぜられしに謝する表)」と題す。「鄄」を「甄」に作るのは、字形の類似による誤り。

臣愚駑垢穢、才質疵下。過受陛下日月之恩、不能摧身砕首、以答陛下厚徳、而狂悖発露、始干天憲。自分放棄、抱罪終身、苟貪視息、無復睎幸。不悟聖恩爵以非望、枯木生葉、白骨更肉、非臣罪戻所当宜蒙。俯仰慙惶、五内戦悸、奉詔之日、悲喜参至。雖因拝章陳答聖恩、下情未展。

臣は愚駑垢穢にして、才質疵下なり。過ぎて陛下が日月の恩を受けたるに、身を摧き首を砕きて、以て陛下の厚徳に答ふる能はず、而して狂悖発露して、始めて天憲を干(をか)す。自ら放棄せらるるを分として、罪を抱くこと終身にして、苟くも視息を貪れば、復た幸ひを睎(のぞ)む無しとす。悟らず 聖恩もて爵するに非望を以てし、枯木に葉を生じ、白骨に肉を更(さら)にするは、臣が罪戻の宜しく蒙るべきに当たる所に非ず。俯仰慙惶し、五内戦悸し、奉詔の日、悲喜参(まじ)はり至る。章を拝するに因りて聖恩に陳答すと雖も、下情未だ展べず。

【通釈】
わたくしは愚鈍で汚穢にまみれ、生来の性質は低劣です。陛下から日月に等しい過分な恩沢を賜りながら、粉骨砕身して陛下の厚き徳にお答えすることができず、しかも、不埒な言動が摘発されて、始めて朝廷の法令を犯しました。自分では放逐に甘んずる所存であり、罪を抱いて一生を終え、かりに視覚と呼吸のみで生き長らえたとしても、僥倖を期待する気持ちは持っておりませんでした。ところが、思いがけないことに陛下の聖なる恩沢により、望外の爵位が与えられ、枯木に葉が生じ、白骨に再び肉が蘇るような奇跡が起こりましたのは、わたくしの如き罪人が受けるにふさわしい処遇ではございません。うつむいても仰向いても恥じ入って怖気づき、五臓は震えおののくばかりで、詔を拝受した日には、悲しみと喜びが入り混じって押し寄せたことです。謹んで奉る上表文にことよせて、陛下の恩沢に返礼を申し上げましたが、自身の心情はいまだ述べ尽くしてはおりません。

【語釈】
○日月之恩 君主からの恩沢。君主を日月に喩えた例として、『淮南子』主術訓に「人主之居也、如日月之明也(人主の居るや、日月の明るきが如きなり)」と。
○砕首 頭を砕く。身を挺して義を通すことをいう。王充『論衡』儒増篇に、百里奚を繆公に薦めて納れられなかった禽息が、「仆頭砕首而死(頭を仆し首を砕きて死す)」と。
○天憲 朝廷の定めた法令。
○自分 自ら甘んじて受け入れる。
○放棄 放逐される。劉向「九歎・思古」(『楚辞章句』巻十六)に「操縄墨而放弃兮、傾容幸而侍側(縄墨を操(と)りて放弃せられ、傾容は幸せられて側に侍す)」、王逸注に「言賢者執持法度而見放弃、傾頭容身讒諛之人反得親近侍於旁側也(言ふこころは賢者は法度を執持して放弃せられ、頭を傾け身を容する讒諛の人は反って親近して旁側に侍するを得るなり)」と。
○視息 視覚や呼吸のみを残して、かろうじて生きながらえる。蔡琰「悲憤詩」(『後漢書』巻八十四・列女伝)に「為復彊視息、雖生何聊頼(為に復た彊ひて視息せんとするも、生くると雖も何の聊頼かあらん)」と。[07-06 求自試表 二首(1)]に「禽息鳥視、終於白首(禽のごとく息し鳥のごとく視て、白首に終ふ)」との類似表現が見える。
○無復睎幸 「復」字は、上の「無」字に添えられた助字で、特に意味はない。曲守約『中古辞語考釈』(台湾商務印書館、一九六八年)三一九頁を参照。「睎幸」は、「希幸」に同じ。僥倖を期待する気持ち。
○不悟 思いもよらなかったことに。類似する文脈での用例として、曹操「譲九錫表」(『藝文類聚』巻五十三)に、「臣功小徳薄、忝寵已過、進爵益土、非臣所宜。……不悟陛下、復詔褒誘、喩以伊周、未見哀許(臣 功は小さく徳は薄きも、寵を忝くすること已に過ぎ、爵を進め土を益すは、臣の宜しき所に非ず。……悟らず 陛下、復た詔して褒誘し、喩ふるに伊(尹)周(公旦)を以てし、未だ哀許せられざらんとは)」と。
○聖恩 皇帝からの恩沢。[04-19-0 上責躬応詔詩表]にも「聖恩難可再恃(聖恩は再びは恃む可きこと難し)」と。
○非望 望外の、分不相応の待遇をいう。
○枯木生葉、白骨更肉 奇跡的に息を吹き返したことをいう。類似表現として、[07-19 転封東阿王謝表]に「此枯木生華、白骨更肉、非臣之敢望也(此れ枯木に華を生じ、白骨に肉を更にするにして、臣の敢へて望むところに非ざるなり)」、[07-24 諫取諸国士息表]に「潤白骨而栄枯木者(白骨を潤し、枯れ木に花を咲かせる者)」と。
○俯仰慙惶 「俯仰」は、目を伏せても仰向いても。「慙惶」は、恥じ入っておどおどする。『孟子』尽心章句上に、君子の楽しみとして「仰不愧於天、俯不怍於人(仰ぎては天に愧ぢず、俯しては人に怍ぢず)」とあるのを意識するか。
○五内 五臓。蔡琰「悲憤詩」(『後漢書』巻八十四・列女伝)に「見此崩五内、恍惚生狂痴(此を見て五内崩れ、恍惚として狂痴を生ず)」と。
○雖因拝章陳答聖恩、下情未展 「拝章」は、慎んで文章を奉る。「陳答」は、返礼を述べる。用例が少ない語。「下情」は、自身の心情をいう謙譲語。なお、『三国志(魏志)』巻二・文帝紀の裴松之注、同巻九・曹洪伝裴注に引く『魏略』、同巻十一・管寧伝に、同一句「拝章陳情」が見えることから、ここは常套句を踏まえつつ、それを少しずらして、表現し尽くせなかった思いがあることを言外に示そうとしたのかもしれない。