08-17 与陳琳書

08-17 与陳琳書  陳琳に与ふる書

【解題】
建安七子の一人、陳琳(一五六―二一七)に書き送った書簡。陳琳の伝は、『魏志』巻二十一・王粲伝に付せられており、興膳宏編『六朝詩人伝』(大修館書店、二〇〇〇年)に、林香奈氏による詳細な解説がある。『太平御覧』巻六八四、六九二、『北堂書鈔』巻一二八、一二九に収録される佚文。

夫披翠雲以為衣、戴北斗以為冠、帯虹蜺以為紳、連日月以為佩、此服非不美也。然而帝王不服者、望殊於天、志絶於心矣。

夫れ翠雲を披(き)て以て衣と為し、北斗を戴せて以て冠と為し、虹蜺を帯びて以て紳と為し、日月を連ねて以て佩と為す、此の服 美ならざるに非ざるなり。然れども帝王の服せざるは、望みは天に殊なり、志は心に絶すればなり。

【通釈】
そもそも青々とした大気をはおって衣とし、北斗七星を頭にいただいて冠とし、虹を身におびて正装の大帯とし、日月を貫いて佩玉とする、この服飾は美しくないわけがございません。そうではあるけれども、帝王がこれを身に付けないのは、その望みや志が、天の意からはかけ離れているからです。

【語釈】
○披翠雲以為衣 「翠雲」は、青々とした大気。一句に類似する表現として、宋玉「諷賦」(『古文苑』巻二)に「主人之女、翳承日之華、披翠雲之裘(主人の女は、承日の華を翳(かざ)し、翠雲の裘を披る)」と。
○帯虹蜺以為紳 「虹蜺」は雨上がりの空に懸かる虹。二層を成す内側を「虹」、外側を「蜺」という。「紳」は、正装で身に付ける大きな帯。一句に類似する発想として、劉向「九歎・遠逝」(『楚辞章句』巻十六)に「佩蒼竜之蚴虬兮、帯隠虹之逶虵(蒼竜の蚴虬たるを佩び、隠虹の逶虵たるを帯ぶ)」と。
○連日月以為佩 「連日月」に類似する表現として、たとえば『漢書』巻二十一・律暦志上に「日月如合璧、五星如連珠(日月は璧を合するが如く、五星は珠を連ぬるが如し)」と。「佩」は、腰に下げる飾りの玉。
○帝王 国家第一の為政者という一般的な意味で取っておく。別に、五帝(黄帝・顓頊・帝嚳・堯・舜)と夏・殷・周三代の王の総称を意味する場合もある。この句以下、文意が取れない。
○望殊於天・志絶於心 「志・望」が、「天心」から「殊絶」すなわち隔絶していることを意味すると捉えておく。「天心」は、天の意。『尚書』咸有一徳に「克享天心、受天明命(克(よ)く天心に享(あ)たり、天の明命を受く)」と。

【余説】
『文心雕龍』事類篇に、「報孔璋書(孔璋に報ずる書」と題して次の一文を引く。

葛天氏之楽、千人唱、万人和。聴者因以蔑韶夏矣。
葛天氏の楽は、千人唱すれば、万人和す。聴く者は因りて以て韶・夏を蔑(さげす)む。

葛天氏の音楽は、千人が歌唱すれば、万人が唱和する。聴く者はそれが多勢であるのに圧倒されて、舜や禹の音楽を軽蔑するようになる。

○葛天氏之楽 「葛天氏」は、伝説上の太古の帝王。『呂氏春秋』仲夏紀・古楽に「昔葛天氏之楽、三人操牛尾投足以歌八闋(昔 葛天氏の楽は、三人 牛尾を操りて足を投じ以て八闋を歌ふ)」と。
○千人唱、万人和 前の句とあわせて、同一句が司馬相如「上林賦」(『文選』巻八)に、「奏陶唐氏之舞、聴葛天氏之楽、千人唱、万人和(陶唐氏の舞を奏し、葛天氏の楽を聴けば、千人唱し、万人和す」と見えている。
○韶夏 「韶」は、舜の楽。「夏」は、禹の楽。『礼記』楽記にいう「韶、継也」の鄭玄注に「舜楽名也。韶之言紹也。言舜能継紹堯之徳(舜の楽名なり。韶の言は紹なり。舜は能く堯の徳を継紹するを言ふ)」、同じく「夏、大也」の注に「禹楽名也。言禹能大堯舜之徳(禹の楽名なり。禹は能く堯舜の徳を大ならしむるを言ふ)」と。

また、『文選』巻十四、顔延之「赭白馬賦」、及び巻四十七、陸機「漢高祖功臣頌」の李善注に引く「与陳琳書」に、「驥騄不常一歩、応良御而効足(驥騄は常には一歩せず、良御に応じて足を効(いた)す)」と。