今とこれから(続き)

曹植の詩には、様々な特徴があって、
それは、それを読む人によっても様々に捉えられるでしょう。
捉え方はひとつに決められるものではありません。

その上で、自分としては、建安年間の曹植詩に散見する、
ある傾向を持った内容に目が留まりました。

それは、曹操の下に集まった人々に対する待遇に、
この時期の曹植は、その詩中で頻繁に言及しているということです。

昨日見直していた「送応氏二首」其二(04-04-2)にもこうありました。

愛至望苦深  愛の至りて望みは苦(はなは)だ深し
豈不愧中腸  豈に中腸に愧ぢざらんや

「愛至」は、こちらから相手に向けられる愛情をいい、
「望苦深」は、相手からこちらに対して求められる要求をいいます。

そして、この句を受けるのが「豈不愧中腸」です。
本詩を詠じた彼は、相手の期待に十分に応えられないことを、
心の底から申し訳なく思い、自身の不甲斐なさを愧じているのです。

このような構図は、曹植の他の詩にも見えていました。
すぐに想起されるのは、「贈王粲」(04-11)「贈徐幹」(04-09)です。
「美女篇」(05-12)「棄婦篇」(05-45)にも、同傾向のことが読み取れそうですし、
「野田黄雀行」(05-02)は、その絶望の極限にあっての作でしょう。
また、こちら(2024.06.15)で紹介した楊修「孔雀賦」(『藝文類聚』巻91)には、
如上の詩歌から窺える曹植の心の有り様がよく見て取れます。

このように、複数の作品に、ある主題が通底していることは、
「送応氏二首」其二の訳注稿を作成した2019年当時、
まだ気づいていませんでした。

こうした主題を探っていくことは、
昨日述べた、曹植詩を漢代宴席文芸の系譜上に位置づけることとは別の視角です。
そして、その主題は、曹植の他ジャンルの作品と照らし合わせ、
その足跡を可能な限り再現することにより、更に解像度を増すでしょう。
それは作品論なのか作家論なのか、区別立てする必要はないように思います。

2025年1月2日